追憶のカメラマン E
共有室から逃げるようにして出たサイトーは、何も考えずにそのままロッカールームに飛び込んだ。自分のロッカーの前まで来ると、がん、と額を扉に打ち付ける。ひんやりしたロッカーの扉に額をつけたまま、頭を冷やせと自分に言い聞かせた (こんな風に逃げ出して来たんじゃ、まるで潜伏先の心当たりでも思い出したみたいじゃねぇか。思い出したのは、ただ……) 大きく息を吸って、細く吐き出す。 少し落ち着き、冷静さが戻ってくる。 (馬鹿か、おれは。こんなことで動揺するなんて) その時、ロッカールームの扉が開いて、パズが入ってきた。 「パズ」 サイトーが振り向くと、無表情のパズはすたすたと距離を縮めてきて、黙っていきなりサイトーの胸倉を掴んできた。 「パズ?」 そのまま自分の方へ引き寄せて胸の中へ抱き込んだかと思うと、今度は自分の体重ごとロッカーへサイトーの背中を押し付けた。 「うっ」 パズが何をしたいのか分からず、振り回されるままになっていたサイトーは、パズの体重で肺から空気が押し出され、小さく声を上げる。 「なにしやがる」 「あいつと何があった?」 パズにいきなり耳元で尋ねられる。抱き込まれた体勢のため、顔は見えない。 「はあ?」 「タキノと……『マキノ』と何があった?」 「何もねぇよ」 「あれが何もなかったって面かよ」 「あれって、どの? ……たく、こんなとこで抱きついてんじゃねぇよ。いい加減離せ」 身を捩るサイトーからやっと身体を離したパズは、サイトーの手から例の写真をもぎ取った。 「これを見たときの面だよ」 おい、と抗議するサイトーを無視して写真の皺を伸ばす。まず表を見てちっと舌打ちをし、次にひっくり返して裏を見たパズは、 「……お前の字だな」 と渋い顔のまま呟いた。 「ああ。おれが書いた」 サイトーは乱れたシャツを整えると、両手をポケットに入れ、ロッカーに背中を預けた。 「その写真と、もう一枚、あの雑誌の表紙と同じ写真があった。そっちの裏にはマキノが同じ日付と、『マキノが写したサイトー』と書いて、最後の日の夜、お互いに交換した」 「それで?」 「それだけだ」 「それだけで、お前があんな懐かしそうな顔するかよ」 パズがとうとう苛立ったように声を上げた。 「懐かしそう、だったか?」 「懐かしそうな、愛しそうな、会いたそうな、……とにかくイライラする顔しやがって」 言葉を探しながら右手を振って一言ずつ区切って言い、パズは最後にその右手を振り上げると、サイトーの顔の横のロッカーを平手で打った。ばん、とパズの苛立ちが振動になってサイトーの背中に響く。 「それで何でお前が怒ってんだよ」 意味わかんねぇ、とサイトーが言うと、パズの喉から低い唸り声が漏れた。 「相変わらずお前は……まあいい。それで、何を思い出して共有室から逃げ出したんだよ」 サイトーは、顔の横のロッカーに右手を突いたパズに正面から目を覗き込まれる形になり、ため息をついた。 「……あぁもう、わかったわかった。意味ありげに出てきたおれが悪かったよ」 サイトーは諦めて個人的な記憶を開示することにし、自閉モードにしていた電通を開いた。 「『今回の件には直接関係はないと思うが』」 と、ため息をつきながら言った。 「『犯行の動機に関係あると思われるあいつの言葉を、思い出しただけだ』」 |