追憶のカメラマン D



 サイトーの隊が、翌日には駐屯地を出て次の目的地へ向かうことが決まった日の夕方。
 ライフルの調整のため、サイトーは駐屯地から少し離れた丘の上で、ライフルを構えてスコープを覗いていた。
(まあ、こんなものかな)
 ふ、と息をついて銃を下ろして緊張を解いた瞬間。ビイン、という微かな機械音が聞こえ、反射的に振り向いてライフルを構えた。
「わあ、ちょっと待って下さい。ぼくですよ」
 銃口を向けた先の茂みから、カメラと頭を庇うようにして慌てて出てきたのは、マキノだった。
「銃を持ってるときに不用意に近づくな」
 サイトーはほっとして銃を下ろしながら、いそいそとこちらに駆け寄ってくるマキノに呆れて言った。
「危なく撃ち殺すところだぞ」
「いやあ、それはちょっと痛そうだなあ」
「痛いと思う暇があると思うか?」
「知りませんよ、撃たれたことないし、ぼく」
 無邪気に返事を返すマキノに、ふと意趣返しを思いついたサイトーは、マキノが首にかけたカメラをさっと取り上げた。
「あっっ!」
「たまには自分の写真も残せよ」
と、マキノの真似をしてカメラを構えてみせる。
「だめですよ、フィルムの無駄ですって!」
 抗議して取り戻そうとするマキノの手をかわしていると、ますます意地でも撮ってやろうという気分になってくる。
「じっとしてろよ。写せねぇだろ」
 サイトーが笑いながらしつこくカメラを向けると、マキノはやっと諦めたように苦笑して一歩離れた。
「じゃあ、一枚だけ撮らせてあげますよ」
「ほら、ちゃんと笑えよ」
「笑えと言われても」
「こんな時、確か言う言葉あったよな? 『チーズ』だったか?」
「……。古いですよ、それ」
 一瞬ぽかんとして、その後笑い出したマキノをファインダーに収め、サイトーは「チーズ」と言ってシャッターを切った。
「いい顔が撮れたぜ。お前より上手いかもな」
「それはどうですかね」
 マキノは苦笑して、カメラをサイトーから取り返す。
「さっきぼくがサイトーさんを撮った一枚の方が絶対いいですよ。後で携帯プリンタで印刷したら見せてあげます」
「おれが撮った写真も見せろよ。お前のと比較するからな」
「比較?」
と言ってマキノは、おそらく無意識にサイトーに詰め寄り、相手の顔へ自分の顔を寄せて人差し指を突き付けてにやっと笑った。
「きっとぶれてますよ、サイトーさんのは」
 悪戯っぽく笑った吐息が顔にかかり、ぎくりとしたサイトーは思わずマキノの肩に両手をかけた。反射的な行動で、次にどうするかなど考えていない。
 マキノは、サイトーに触れられた瞬間びくりと肩を震わせ、目を見開いた。自分より少しだけ背の高いサイトーを見上げる形になり、息を詰めて相手の動きを待つ表情になった。
「……」
 不意にふたりの時間が止まる。
 手をかけたまま、押しのけることも引き寄せることもしないまま、サイトーはじっとマキノの茶色がかった黒い瞳を見つめた。自分がどうしたいのかわからない。どうしたらいいのかもわからない。……なぜおれはこんなことをしている?
 マキノはしばらく辛抱強く待っていたが、そのままサイトーが動くつもりがないことを悟ったのか、やがてゆっくりと目を伏せ、一歩下がった。
「写真が出来たら、後で、サイトーさんのテントに持って行きますから」
 踵を返し、マキノは足早に自分のテントへ戻って行った。

  

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