追憶のカメラマン C
サイトーが雑誌の写真を見てうっかり一言漏らしてしまったおかげで、そこにいた全員から詰め寄られ、仕方なく当時のタキノ・トオル、サイトーの記憶にある『マキノ』の話をする羽目になった。 「海外派兵には、その頃から反対していたのか」 トグサが改めて雑誌の内容を確認しながら呟いた。 すると、いつの間にかダイブルームから顔を出していたイシカワに、 「タキノは、自分のことは他に喋ってなかったか? 例えば日本での交友関係とか」 と尋ねられ、サイトーは首を傾げた。 「いや……どうだろう。大体もう十年以上前の話だし、一緒に居たのもほんの十日ほどだ。何か聞いていても今となってはほとんど意味はないだろう」 『そうとも限らんぞ』 不意に課長が電通で割り込んできて、その場にいた者たちが顔を見合わせた。 「ああ、おれがさっき課長たちに繋いだんだ」 イシカワが片手を上げて言い、ということは少佐とバトーも聞いていたのか、と困惑した表情のサイトーへ厳しい顔を向けた。 「悪く思うな。今は少しでも手がかりになる情報が必要だからな」 課長が続ける。 『当時学生だったならいざしらず、既に社会人だったなら十年やそこらでは交友関係は大きく変わらんだろう。県警が割り出せていない友人や出入りしていた場所がまだあるかもしれん。そこが潜伏先になっている可能性もある。どうだサイトー、少しでも何か思い出せんか』 十年以上前の、しかもわずか数日を共にした男の話だ。今回の件とは関係ない、個人的な思い出話としか思っていなかったのに、思わぬ大事になりつつあってサイトーは困惑した。 「そう言われても……」 記憶を掘り起こしながら、手に持った雑誌を所在無く捲る。 すると、ページの間から一枚の写真が滑り落ちそうになり、慌てて受け止めたその写真を見たサイトーははっとした。 写真には若い頃のマキノが写っており、こちらを向いてにっこり笑っていた。さらさらの髪に、あどけない笑顔。記憶にあるマキノと寸分違わぬ姿に、サイトーは思わず表情を緩めた。 ミーティングルームのモニタに映し出された現在のタキノには、この無邪気さは面影すら残っていなかった。十年は、別人になってしまうのに十分な年月ということか。 サイトーは、ふと、写真をひっくり返して裏を見た。 そこには、 『20××年×月×日、サイトーが写したマキノ』 とペンで走り書きがしてあった。見覚えのある筆跡。 サイトーが写した……おれが、写した? ぎくりとして、サイトーは反射的にくしゃりと写真を握り込んだ。 雑誌の上に置いて写真を見ていたため、裏面は幸い誰にも見られていなかった。どうしたんだという空気だけがこちらに向けられ、サイトーは危うく動揺をポーカーフェイスの下に押し隠す。 「それ、写真か? 見せてみろ」 イシカワがこちらに手を伸ばしてきたが、サイトーはその手から逃れるように後退りした。 「すまん、ちょっと頭を整理してくる……すぐ戻る」 言うが早いか、サイトーは写真を持ったまま、無表情のまま足早に共有室を出ていってしまった。 「サイトー?」 イシカワは宙に浮いた手を所在無くひらひらさせ、そのまま頭へやってがりがり掻きむしる。 『何だ、どうした?』 課長の質問が、共有室の全員の頭に響いたが、しばらく誰も何も言わなかった。 |