追憶のカメラマン B



 メキシコで素子らに出会う、更に以前のことだ。
 海外での傭兵生活にも慣れ、狙撃手としての実力も徐々に認められてきた頃。
 サイトーは、マキノと名乗る従軍カメラマンと出会った。
 外国人だらけの傭兵の中、数少ない同郷の友を見つけたといった風情でサイトーに近づいてきた二十歳そこそこのあどけない従軍カメラマンを、サイトーは最初は鬱陶しいとしか感じていなかった。しかし、煩わしそうな表情のサイトーにもめげず、マキノは写真を撮っていないときは必ず、「サイトーさん、サイトーさん」と子犬のようにサイトーに付いて回った。
 その頃某国の紛争に傭兵として参加していたサイトーは、所属していた隊の仲間と共に密林の中に切り拓いて作った駐屯地に辿り着いたところで、そこで既に一週間ほど前から滞在していたマキノと出くわしたのだった。サイトーは、隊がしばらくその駐屯地で滞在している間にすっかりマキノに懐かれてしまった。
 比較的安全な駐屯地の、戦闘の緊張から切り離された空間。
 気の荒い兵士たちも流石に気を緩め、若いカメラマンは自由に歩き回ってあちこちでシャッターを切っていた。
「今度創刊される雑誌の、表紙に載せる写真を撮りに来たんです、ぼく」
 小さい出版社だけど、と屈託のない笑顔でカメラを持ち上げてみせたマキノは、
「もう、ここに来るまでに随分撮ってきたんですよ」
と、サイトーの前に写真を広げてみせた。
 駐屯地の食事用のテントで昼食を終えたばかりだった。自分の食器を置いたトレイを横に除け、嬉々として写真の説明をしていくマキノの顔を見て、サイトーはため息をついた。
 当初は話しかけられても八割方無視していたが、毎日金魚の糞のように付いて回られるうちに、サイトーも最近では諦めて相手をするようになっていた。戦闘中ならいざしらず、今ならこちらも相手をする余裕もある。
 それに、年下ではあるが自分と年齢の近いこのカメラマンのおしゃべりには、サイトーが忘れていた日本の若者の匂いがあった。自分が硝煙の中でなく、普通の若者として日本に暮らしていたら、今頃どんな生活をしていたのだろう。決して懐かしんでいるわけではないが、自分が失った日本人としてのアイデンティティを、マキノの中に見出すことが面白かった。
「この建物、知ってますか?」
 マキノは一枚の写真をサイトーに渡した。
「有名な教会だったらしいんですけど、こないだの戦闘で米帝に誤爆を受けてほとんど崩れちゃったんです」
 見ると、かつては大きかったのであろう建物が基礎部分を残して崩壊している。一部、崩れ残った尖塔がかろうじて立っているが、既に修復不能なのは一見して分かった。
「元の姿を見たら驚きますよ。この教会、完成に150年以上かかってるんです。それが信じられます? たった一晩でこの姿です。大体こんな大きな建物を誤爆ってのが笑えますよね。明らかに意図的だ」
 サイトーも同感だった。米帝は時に紛争解決と称して、物理的な攻撃の他に心理的な攻撃も加えて相手の士気を下げようとする。しかし、人が心の拠り所にしていたり大切にしていた物を潰していくこのやり方は、怒りや憎しみを増幅させはするが紛争の解決になるとは到底思えなかった。
「これを爆撃したのは米帝ですが、日本から派兵された自衛軍だって似たようなことをやってるんです」
 マキノはサイトーの手の中の写真を見ながら、続けた。
「でも、爆撃の次の日に近くまで接近できたのはラッキーでしたよ。ただ、絶好のポイントを見つけて夢中でシャッターを切ったのは良かったけど、勝手に抜け出したのがバレて、あとで隊の指揮官にめちゃくちゃ叱られました」
「そうだろうな。隊列を外れて勝手にうろうろされれば、まあ怒るだろう」
 軍人に本気で叱りとばされれば一般人など相当凹むだろうと思うのだが、マキノはけろりとしている。よっぽど肝が据わっているのか、単に鈍いのか。
「でも、ぼくがこうして撮影しておけば、教会が崩れて跡形も無くなってしまったり、復興して別のものが建ったりしても、爆撃直後の姿が写真には残るでしょう?」
「元の綺麗な姿の写真だって、残ってるだろ」
「ぼくは従軍カメラマンですから。戦場を撮って皆に知ってもらうのが仕事なんです。日本人に、米帝や自国の自衛軍が外国で何をやってるか、伝えたいんですよ。いくら壮麗な教会でも、しゃんと建ってる建物を写したって何も伝えられないでしょ」
「ふうん」
 さして興味もなさそうなサイトーに、気を悪くする風でもなくにっこり笑ったマキノは、サイトーの手から写真を取り上げる。
「これ、とりあえずデータを携帯プリンタで印刷したやつだからあんまりきれいじゃないけど。帰国したら会社の機械で印刷するんですが、そうしたらすごく鮮明になりますよ。細かい砂埃まで見えるんです。そっちをサイトーさんに見せたかったなあ。きっと何か感じてもらえると思うのに」
 いかにも残念そうに言いながら広げた写真を丁寧に集めるマキノを見て、サイトーは、無邪気な表情の裏にあるマキノのプロ意識に触れた気がした。
 ――ああ、おれが自分のために銃の引き金を引くように、こいつも何かのために命懸けでシャッターを切っているのか。
 とはいえ、お互い何のためにその行為をするのか、たぶん永遠にわかりあえることはない。
 


 

                                                   →Cへ


                                                    → ゴミ箱目次へ戻る