追憶のカメラマン A


 共有室に集まった「その他の者」たちは、オペレーターが運んできた押収品にうんざりした目を向けた。ほとんどが紙媒体で、ダンボール箱に詰め込まれている。
「これに目を通せったってなあ……」
「県警が一度は調べたんでしょう? 全部もう一度見る必要があるんですかね」
 アズマがため息をつき、ヤノがそれに同調してぶつぶつとこぼしている。
 パズは顔を顰めて早速ポケットのタバコを探り、隣でサイトーも思い出したようにタバコを取り出した。
「まあ、これもお仕事お仕事」
 トグサが苦笑しながらダンボール箱を開け、中のものを選り分けながらテーブルに出していく。
「とりあえず重要そうなのをおれが出すから、ヤノはいくつかの山に分けてくれるか? ひと山に二人ずつついて目を通していこう」
「うーい」
 返事とも唸り声ともつかない男たちの声が共有室に響いた。


 トグサがてきぱきと分けて積んでいく資料の中に、古い雑誌を見つけたサイトーは、ふと気になってそれを手に取った。
 表紙はどこかの国の、おそらく爆撃でも受けたのだろう崩れかけた大きな建物の写真で、建物の前を、廃墟を踏み越えて進軍する兵隊たちの姿が小さく写っていた。ぱらぱらとめくると、世界の紛争の状況から軍事ジャーナリストのコラム、武器弾薬の特集などが載った、マニア向けの雑誌のようだった。出版社は聞いたこともないところだった。
 雑誌を閉じ、もう一度表紙を眺める。どこか見覚えのある写真だったが、思い出せなかった。思いついて、今度は雑誌の一番後ろのページをめくる。そこに、やはり写真の解説が載っていた。
『表紙写真:砲撃をうけた○○国△△市の教会/撮影:マキノ・トオル』
(マキノ……?)
 サイトーは、眉を顰めた。覚えのある名前。懐かしいような、もどかしい感情がこみ上げてきて、サイトーは一瞬右目を固く閉じた。
「サイトー」
 トグサに声を掛けられ、サイトーははっと顔を上げた。
「タバコ。灰を落とすなよ」
「ん」
 いつの間にか、咥えたタバコの先が今にも落ちそうなくらい長い灰に変わっていた。そっと口からタバコを外すと、トグサがソファのテーブルに置いてあった灰皿をサイトーの目の前まで持ってきてくれた。
「すまん」
 トグサから灰皿を受け取り、雑誌をテーブルの捜査資料の山に戻そうとして、サイトーがまた表紙をじっとみているのに気づくと、
「その雑誌、興味あるのか? 立ったままでさっきからずっと眺めてたけど」
と、トグサが尋ねた。
「いや……」
「その雑誌ですか? バックナンバーは全部揃ってますよ」
 資料の山を作っていたヤノが、笑いながら顔を上げた。
「別の資料に書いてありましたけど、この出版社が潰れるまで、タキノは『マキノ・トオル』名義で毎号表紙写真を撮ってたらしいすよ。主に戦場の写真だから従軍カメラマンだった時代ですかね。カメラマンとして売れ始めた頃だったようです」
 ヤノは資料から同じ雑誌の束を抜き出す。束から一冊ずつ順に手に取っていたヤノが、ふと手を止めて別の号をサイトーに差し出した。
「サイトー先輩は、この号なんて興味あるんじゃないですか?」
「おいおい、じっくり雑誌を眺めてる時間はないぞ」
 トグサの呆れた声にヤノは首をすくめたが、サイトーはヤノの差し出した雑誌の表紙を見て、思わずひったくるようにして取り上げた。
「サイトー?」
 驚いてトグサが声を上げたが、サイトーは雑誌に目を落としたまま、凍りついたように動かなくなった。自然と他の者の視線が雑誌に集まる。
 その号の表紙は、夕日を背にした一人の兵士が、スコープのついたライフルを下げて佇んでいる写真だった。逆光で顔は見えないが、真っ赤な夕陽にくっきりと浮かび上がる黒いシルエットは穏やかな空気を纏っており、戦闘の緊張から開放された一瞬のようだった。
「これ……」
 サイトーが、ぽつりと呟いた。
「……おれだ」
 他の者が一斉にサイトーを見上げた。



 

                                                   → Bへ

                                                  


                                                    → ゴミ箱目次へ戻る