追憶のカメラマン @


 今日は朝一番で集合がかかり、8時にはミーティングルームに9課の全員が集まっていた。
 最近、茅葺総理に同一と思われる人物から脅迫状が二度送りつけられてきていたのだが、三度目の脅迫状が今朝早く、総理のもとに届いたのである。内容がこれまでより切迫していたため、総理から直接課長に依頼があり、公安9課の者が総理の護衛につくことになったのだった。
「脅迫の内容は、要約するとごく単純だ。『自衛軍の紛争地域への派兵を一切停止し、今派遣されている自衛軍をすべて海外から引き揚げること。一ヶ月以内にこれらの実現を全国民に分かる形で公約しなければ、総理を殺害する』とな」
 荒巻は説明しながら、共有室の大画面に一通目の脅迫状の画像を映し出した。びっしり印字されている文字は相当拡大しなければ判別できないほど小さい。
「おぉー、病的」
 アズマがすかさず声を上げた。
「大体、一ヶ月でそんなこと決められるかよ。無茶言うぜ」
 バトーが呆れたように言う隣で、トグサが頷いて同意を示した。
 荒巻は咳払いをして再び自分に注意を向けさせると、続けた。
「一通目の脅迫状が届いてから県警で捜査を続けていたが、容疑者は特定したものの、踏み込んだ自宅は既にもぬけの殻で逮捕には至らず、行方を掴めないまま既に一ヵ月が経過しようとしている。今朝の三通目の手紙には、焦れた犯人からの犯行予告が入っていた」
 画面に三通目の手紙が映し出される。やはりびっしりと細かい文字。
「具体的な時期や手段は書かれていないが、所轄の鑑識の見立てでは、犯人は近いうちに何らかの行動を起こすだろうということだ」
「その根拠は?」
 素子がすかさず質問する。
 うむ、と頷いた荒巻は、画面からこちらへ身体を向けた。
「皆も同じ印象を抱いただろうが、さっきアズマが言った言葉は的を射ている」
 急に自分の名前を出され、アズマは小さくしゃっくりのような声を立てた。
「犯人は、少なくともこれらを書いた時点では普通の精神状態ではない。詳細に調べたところ、一通目、二通目、三通目と次第に精神的に追い詰められているようだ。また、内容も、三通目が最後で、次はないということを匂わせている」
 荒巻は、そこで再び画面に向き直ると、今度は男の写真が映し出された。
「これが容疑者だ。名前は、タキノ・トオル。32歳」
 げっそりと痩せた、顔色の悪い男だった。年齢よりも老けて見えるが、無精ひげのせいでこの写真だけでは素顔がよくわからない。
「一時は売れていたフリーのカメラマンだが、ここ数年は病気のせいで全く仕事ができていなかったようだ。実家の親からの仕送りに頼って生活していたらしい。この写真も、昨年、コンビニ等での万引きの常習犯として捕まった時に警察で撮られたものだ」
「ケチな犯罪者ってわけだ」
「脅迫文にあった総理殺害が実行されなければな」
 バトーの軽口に、荒巻が厳しい表情で続けた。バトーが首をすくめてみせる。
「確かに」
「以前、タキノは従軍カメラマンとして紛争地域に行ったこともあるため、銃器の扱いにも詳しいそうだから油断はできん。現在、彼の潜伏先は県警がいくつか見当をつけて押さえてはあるが、今のところ手がかりはないようだ」
 荒巻は画面を閉じると、素子へ向き直って言った。
「では、少佐とバトーはわしと一緒に来い。総理の護衛につく。イシカワとボーマは県警の捜査資料をデータで回しておくからそれを基にタキノの行動範囲を絞り込め。その他の者はひとまず待機。その間にタキノの自宅からの押収品に一通り目を通して何か手がかりになるものかないか探しておけ。護衛の交代・追加の必要があればすぐに呼び出しに応じられるようにしておくように。以上」
 それぞれの返事をきいて、荒巻は素子とバトーを連れ、ミーティングルームを立ち去った。





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