Bad Day @
オフィス街にある、古い雑居ビルの一室に、その男は座っていた。豪華な調度品に囲まれた大きなデスクで、男は目の前にある鏡を見ながら丁寧に髪を撫でつけている。 全身義体の大柄な体に似合わぬ繊細な手つきで黒いつやつやした髪を整え終えると、男はさっきからしつこく点滅し続けていたデスクの呼び出しランプの方にようやく手を伸ばした。 ランプの隣にあるボタンを押すと、 「何だ」 と、横柄に呼びかける。 『ハマノ社長、約束のお客様がお見えですが』 事務的なガイノイドの声が告げると、男はふん、と鼻を鳴らしてから、 「通せ」 と答えてボタンから手を放した。 ハマノは表向き、金属加工会社の社長だった。この部屋と隣の事務室の二部屋からなる本社の他、新浜市の郊外の土地に金属加工の工場を持っていることになっている。 しかし、実際には会社の後ろに暴力団系の人身売買組織があり、郊外の工場も金属加工ではなく、国内のあちこちから集められた生身の人間から臓器を抜き取り臓器密売ルートに流し、代わりに安価な人工の臓器を詰め込んで国外に売り捌くという『人体加工』工場なのであった。 また、人間の入荷と加工、出荷を受け持つこの会社は他に書類偽装や資金洗浄も行っている。入荷ルートと出荷ルートが別の組織の管理下にあるため、両方の情報を正確に把握しているのは中間のこの会社だけ――もっと言えば社長であるハマノだけ――であり、賄賂も含め、かなりの収入があった。 報酬は金だけではない。ハマノは集められた人間のリストから好みの男女を見つけると、工場に送る前にピックアップすることができるという特権を持っていた。 壊さない程度に散々好きに慰んで、期日までにまた工場へ送っておく。組織では、彼のサディストぶりは有名であったが、本人は全く意に介していない。彼に表立って批判できる立場の人間はいないのだ。 やがてノックの音がして、ハマノはにやりと口の端を上げた。 時には、リスト以外からも、彼の元に送られてくる玩具がいる。 「入れ」 ハマノの声に、扉の向こうから小柄な男が顔をのぞかせた。 「へへ、どうもどうも、ハマノさん」 愛想笑いを浮かべた小男は、ハマノが鷹揚に頷いてみせると、扉を大きく開けてもう一人の男を伴って部屋へ入ってきた。 「この度はとんだお手数を……」 ハマノは、小男がへこへこと頭を下げながら喋っている間、連れの男をじっくりと観察した。 後ろ手に縛られた坊主頭のその男は、ここへ来る前に相当乱暴な扱いを受けたらしく、血だらけでよれよれになったシャツを着て立っていた。散々殴られたり蹴られたりしたのだろう、顔も身体も痣だらけだったが、不機嫌そうにしかめられた顔にはまだ生気が残っている。男の左目は黒いアイパッチで隠されているが、右目は鋭い眼光を放ってこちらを睨みつけていた。 いかにも鍛えられた頑丈そうな身体をしているが、小男に連れられて逃げようともしていないのは、縛られているせいではなく首の後ろに挿された電脳錠の効果のようだ。 (ふん、これはこれで今までと毛色が違っていいかもな) 根性がありそうな面構えを見ながら、ハマノは早くも品定めの目つきになっていた。 「……で、ウチの組にいつの間にか紛れ込んでたコイツを見つけたんですがね、痛い目に遭わせても全然吐かないんでさ。で、ここはハマノさんにお願いしようってことになりまして」 「何言ってやがる、電脳錠をしてるじゃねぇか」 電脳錠をプラグに挿された人間は肉体的精神的に抵抗を封じられるため、自白させるのに暴力は必要ないはずなのだ。 「はあ、それなんですがね、我々の手に入る安物の電脳錠じゃあ、電脳の外部アクセスと身体の動きを封じるのが精いっぱいで」 「使えないモン持ってやがるな」 「へへ、スイマセン。ですが言い訳させてもらいますとね、コイツの電脳がどうも特殊らしいんでさぁ」 「軍関係の人間か?」 男の体格から推測したハマノが眉をひそめる。 「もしくは、警察関係で。オッソロシイ攻勢防壁を持ってやがるみたいで、繋がったヤツが一人、電脳をあっという間に焼かれましたよ」 「警察官には見えねぇがな」 「ですが、ウチで何か探ってたとなると、警察じゃねぇですかね」 「この間、仕入れた人間を一人、お前のところの鈍臭いのが逃がしたらしいな」 ハマノが不機嫌に言うと、 「とんだ不手際で……。ウチのおやっさんも、そのせいでこういうのが紛れ込んでるんじゃないかと……」 と、小男は縮こまった。 「こっちもいい迷惑だ」 「こりゃどうも……。ですがここは、ハマノさんの手腕を見込んで、この通りお願いしますよ」 「ま、うちの会社にもまんざら無関係じゃなさそうだし、調べてやってもいいがな。手数料はいつもの口座に入れておけよ。で、抜き取った情報はそっちに回すが、その後は……」 「ええ、ええ。後はどうとでも。ほとんど生身ですからね。工場に回してバラすもよし、壊れるまでハマノさんが遊ぶもよし。どうぞお好きに」 やっと了承を得た小男が満面の笑みを浮かべて頭を下げると、後ろに立っていた男はぎょっとした表情を浮かべた。 初めて感情らしいものを表した男の反応に、ハマノはにんまりと口の端を上げた。 |
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