はじまりはいつも @
注) このお話は当サイトの他のお話及びキャラ設定とはまったく関係ありません。 そこんとこよろしくお願いします。 よろしくってよ。という方は下へどうぞ。 ↓ ↓ ↓ ↓ いつからだったのだろう、あの男がやけに気になりはじめたのは。 何気なく交わす視線、電通で頭へ直接響いてくる声、間近に接近したときの肌の匂い。 そのうち、いつの間にかその全てを欲してゴーストが吼え立てるようになっていた。 あとは、ちょっとしたきっかけさえあれば…… ――― 朝、出勤してきたばかりのパズはいつものように地下駐車場に車を停めると、エレベーターに向かった。いつもならそのまま階上へ上がるのだが、パズはエレベーターホールで立ち止まると、そこにあった自動販売機で缶コーヒーを買い、缶を開ける前にポケットのタバコを探った。タバコに火をつけ、煙を吐き出したところで今度は手の中の缶コーヒのことを思い出したパズは、ちょっと迷ってから上着のポケットにコーヒーを突っ込む。 別に飲みたくて買ったわけではない。タバコもコーヒーも、9課のフロアまで上がってからでも構わないのだが、ここでグズグズしていたいちょっとした理由があるのだ。 やがて、駐車場の方から人の足音が聞こえてくると、パズはハッとして無意識に吸っていたタバコを灰皿に押し付けて消した。が、そのことに気付くと慌てて新しいタバコを出して再び火をつける。そして、ポケットに突っ込んだままになっていたコーヒーを急いで取り出し、缶を開けた。 パキッと快い音が辺りに響いた瞬間、それが合図だったように自動ドアが開く。 入ってきたのは、ずぶ濡れになって寒そうに肩をすくめているサイトーだった。 「よお」 サイトーはそれだけ言うと、コーヒーとタバコを両手に持っているパズをちょっと眺めてから続けた。 「……そのコーヒー、一口もらっていいか?」 「ああ」 もちろん、とパズはサイトーに缶を差し出す。 「ところでサイトー、その格好、どうしたんだ?」 「今朝、近くだったから歩いてきたんだが」 パズのコーヒーを一口すすりこみ、あったけぇ、と呟いたサイトーは、 「急に雨が降ってきやがって。寒いのなんのって」 と、温かい缶を両手で握り込み、大きくため息をついた。 もちろん、パズはそれを知っていたのである。 先程、大雨の中をずぶ濡れになって走っているサイトーを車の中から発見したのだが、拾おうにも朝のラッシュ時である。パズは、信号待ちで立ち止まって寒そうに足踏みしているサイトーの前をもどかしい思いで通り過ぎたのだった。 戦場で鍛えたスナイパーも、不意の冷たい雨はさすがに生身にこたえたのだろう。いま、服から水滴を滴らせたサイトーが、パズの買った缶コーヒーをほっとしたように飲んでいるのを見ながら、パズも何故かほっとした。 「この近くにセーフを持ってたのか」 「え? ああ、まあな」 曖昧に頷いたサイトーは、ふと思い出したように手の中のコーヒーを見て、 「悪い、一口って言ったのに……ほとんど飲んじまった」 と、すまなそうに缶を振った。 「もう一本買うから」 「いや、もういい」 もともとサイトーに飲ませるつもりで買ったのだとはおくびにも出さず、パズはクールに首を振って灰皿にタバコを押し付けて消した。 「もう上がろう。お前も早く着替えた方がいいぞ」 エレベーターのボタンを押し、サイトーを振り返る。 サイトーは急いで残りのコーヒーを煽って缶をゴミ箱に放り込むと、エレベーターの開いた扉から滑り込んできた。その背後でゆっくりと扉が閉まる。 「冷たそうだな」 濡れた服がサイトーの体に張り付いているのを見て、パズは呟いた。 「ああ。義体だったら平気なんだろうな、これくらい」 「まあな」 「だろうな……お前もシャツの前をおっぴろげてる割にはあったかそうだ」 ニッと笑ったサイトーは、パズの胸元を指差した。 その瞬間だった。 前触れもなくパズが動いたと思うと、両手を広げ、あっという間にサイトーを抱きすくめたのである。 濡れた服が、ぐしゅ、と音をたてる。 パズの首元で、サイトーが息を呑むのがわかった。 そのまま、数秒が過ぎる。 しんとした狭い個室で同僚を抱きしめたまま、パズは、エレベーターの階数ボタンを押すのを忘れたな、とふと思った。 濡れた冷たい服から、パズの服にじわりと水が染み込んでくる。 やがて、 「……パズ……」 絞り出すような声が聞こえたと思うと、 「頼む……離してくれ」 と、サイトーが身を捩った。 パズが黙って腕をほどくと、サイトーはパズの視線を避けながら後ろを向き、階数ボタンを押した。 やっと上昇を始めた個室の中で、階数表示が上がっていくのを見つめながら、パズは自分の濡れた胸元をぼんやりとさすった。 完全に衝動的な行動だった。 一瞬前まで冷静なつもりだったのに、不覚もいいところだ。 きっとサイトーはこのあと…… 「おい」 思考がのろのろとマイナスに向かっていたパズは、サイトーの声で我に返った。 「今の、少佐のイタズラか?」 サイトーはこちらを振り返り、憮然とした表情でパズを見上げている。 「いや……」 意外な質問に、何と答えたものかとパズは完全に言葉に詰まった。 「じゃあお前の意思か」 「…………」 「そうなのか?」 パズが渋い顔で頷くと、サイトーは目を逸らして自分も頷いた。 「そうか」 その時、目的のフロアに到着したエレベーターの扉が開いた。 サイトーはそれ以上何も言わず、さっと身を翻すとそのまま出て行ってしまった。 残されたパズは黙って突っ立ったまま、再び扉が閉まるまで、サイトーの「そうか」の言葉の意味を考え続けた。 |
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