はじまりはいつも C




 バトーは、猛った自分自身を、組み敷いた茶髪の男の体内に沈めながら、緊張と苦痛に喘ぐ男の息遣いに耳を澄ませていた。
「大丈夫か? トグサ」
 途中で動きを止め、耳元で囁いたが、トグサは答える余裕もなく、ただ首を振った。
 当然だろう。トグサはバトーと、いや男と寝るのは初めてなのだ。

 身体を割り開かれる痛みに苦悶の表情を浮かべるトグサを見下ろしながら、バトーは昨日の夜、同じこのベッドの上で抱いたもう一人の男のことを思い出していた。
 サイトーを初めて抱いた時のことはもう憶えていない。だが、苦痛をあまり顔に出さないスナイパーは、トグサほどは征服感を味わわせてはくれなかった気がする。
「……あ……バトぉ……」
 薄く目を開き、首にしがみついてくるトグサの頭を優しく撫でてやりながら、バトーは思った。
 同じ生身なのに、こうも違うものなのか。 
 声を殺し、背を向けて息遣いさえ枕の中で抑えてしまうサイトーは、トグサのように決して最中に名前を呼んだりなどしなかった。
 また、ベッドの中でどんなにサイトーの身体を貪っても、次の日には何事もなかったかのように白紙に戻されてしまう。9課で馴れ馴れしく触れようとしても、今朝のように冷ややかな反応しか返ってこなかった。
 トグサのようにキスをしただけで次の日明らかに挙動不審になったりして、バトーを冷や冷やさせたり楽しませたりさせてはくれなかったのだ。
 最後まで身体だけの付き合いを望んだサイトー。あくまでも抜きあうだけの関係だと、言葉にも態度にもはっきり出し、バトーにもそう割り切って欲しいと望んでいた頑なな男。
 だが、バトーは違ったのだ。時折セーフハウスなどで、サイトーがバトーにだけ向ける打ち解けた笑顔を見るたび、いつかもっと心を許してくれる時が来るのではと僅かな希望を繋いできた。
 サイトーの希望通り、割り切った付き合いを続ける努力をすることはバトーにとって苦痛ではあったが、そうしている限りはサイトーに触れることができると思い、その苦痛にも耐えてきたのだ。

 最近になり、9課にトグサが現れたことで、次第にバトーの心は頑ななスナイパーからこの感情豊かな元刑事に傾いていった。
 しかし、それを察したサイトーがあっさりと自分から離れていく気配にも焦燥を覚えていたのだ。
 自分でも未練がましいとは思う。と同時に、これまでのサイトーとの関係が本当に身体だけだったのだと痛感した。
 だから昨日、サイトーを飲みに誘い、巧みにここへ連れ込んだのだ。最後になるだろうと思いながら、それでも少しは希望を抱いて。

 今朝。
 ――もう、おれに気を遣わなくていい。
 雨が降りそうだから車で送る、と言ったバトーに、サイトーはあっさり首を振ってそう言うと、少し間を置いてから、
 ――……じゃあな。
と言って、ポケットを探ると渡していたこの部屋の合鍵を出してテーブルに置いた。
 もう終わりにしようぜ。
 言葉にはしなかったが、バトーにはサイトーの意思がはっきりと伝わってきた。
 バトーが心から求めていたものを、結局何も与えてくれなかった男は、そうしてバトーの前から去っていったのだった。

「あっ……イテテ……」
 トグサが大きく喘ぎ、締め付けを感じてバトーは快感に呻いた。
 いま腕の中に居るトグサは、バトーの望んでいたものをくれる気がしている。
「だからな、力を抜けって……」
 トグサの耳に甘く囁きかけながら、バトーは後ろめたさと共にスナイパーの影を頭の隅へ追いやった。




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