あなたのためなら何処までも :前編
「あれぇ、まだ仕事してたのか? パズ」 帰宅前にダイブルームを覗いたボーマが、薄暗い部屋の中に煙に霞む愛煙家の姿を認めて声をかけた。 「もう12時だぞ。とっくに帰ったかと思ってた」 「ああ。ちょっと調べもの」 椅子に深く腰をかけたパズはモニターを見つめたまま、振り向きはしないがちょっと片手を上げてみせた。 「今、やっかいな事件抱えてたっけ? 手伝おうか?」 「いやいい……個人的な調べものだ。もう終わるしな」 「そうか。じゃあ外に行ってるイシカワが夜食から戻るまでに終わらせろよ。イシカワ、少佐に仕事押し付けられてここんとこずっと詰めてるから、私用でダイブしてるって知ったらご機嫌を損ねるぞ」 ボーマがそう言うと、パズが微かに笑う気配がした。 「……そりゃ気をつけねぇとな」 「じゃあな」 「ああ。お疲れ」 ボーマが顔を引っ込めると、パズは出入り口の方をそっと振り返り、誰もいなくなったのを確認してからモニターを切り替え、腕を組んだ。 「……さぁて……どこがいいか」 パズは電脳の中で、隻眼のスナイパーが気に入りそうな『それ』の候補をモニターの中から次々と拾い上げていった。 ――― その前日の夜。 パズはサイトーと飲みに行った後、自分のセーフハウスにまんまとサイトーを連れ込んでいた。 「……ん……」 噛み締めたサイトーの口から苦しげな息が漏れる。 既に素裸にされた肌は汗ばみ、荒い息で上下する胸の辺りを這うパズの舌は塩分を感じていた。 その舌が胸から腹へ、そして下腹部の辺りまで下りてくると、 「んっ、あぁっ……!」 と、強烈な刺激を感じたサイトーが一瞬無防備な声を上げ、慌てて歯を喰いしばった。 サイトーのモノを口に含んだパズは可笑しそうに噴出すと、 『ガマンすることねぇだろ。久しぶりだから仕方ないしな』 と電通で言った。 サイトーは、つい最近まで重傷を負って入院していたのだ。退院したとはいえ、さすがに怪我人相手に無茶はできないため、パズも気を遣って控えていたのだが、サイトーの様子を見計らって、今日は久しぶりに事に及んだのだった。 「クソ……!」 悔しそうに呟いたサイトーは舌打ちをすると、枕を掴むと顔に乗せ、ぐっと押し付けた。 それを見ながらもう一度笑ったパズは、口の中のものを強く吸い上げ、枕の下からくぐもった声が上がるのを楽しそうに聞くのだった。 そのサイトーの様子に異変が起こったのは、情事も中盤にさしかかり、昂揚したパズがサイトーの身体を抱え上げて自分の腰の上に乗せようと体勢を変えた時だった。 「――うぁっ!」 身体を持ち上げられた途端、喘ぎとは違う声を上げたサイトーが、パズの手を振りほどくと左脇の下を押さえて低く呻いたのだ。 「っおい、どうした?」 「ちょ……待った、パズ……」 再び身体をベッドに沈めたサイトーは、唇を噛み締めて息を詰めた。 「すまん、ちょっと乱暴だったか?」 「いや……違う」 顔をしかめたサイトーの様子に、パズは思い当たって尋ねた。 「もしかして、まだアバラが痛むのか?」 「……少し、な……」 「今日はもうやめとくか?」 「おい、今更……それは……」 パズの言葉に、サイトーが不機嫌に口ごもった。ハッキリは言わないが、久しぶりの行為を途中で止められるのは嫌らしい。 サイトーのそんな様子に、 「了解」 と、パズは口の端を上げて呟くと、サイトーを楽な姿勢に横たえ、気をつけながら改めて再開した。 ――― ダイブルームでの調べものを終え、公安ビルを出た頃には既に深夜を回っていたが、車に乗り込むとパズは電通を立ち上げサイトーに呼びかけた。 『サイトー。まだ起きてるか』 『ああ。帰りに酒飲みに寄ってて今帰ったところだ。どうした?』 『明日、お前は遅出だったよな』 『……言っておくが、昨日の今日だからナシだぞ』 パズのセリフに敏感に反応したサイトーは、先回りして釘を刺してきた。 『そうじゃねぇよ。……ちょっとドライブしないか?』 『これからか? どこへ行くつもりだ?』 『ヒミツ』 『……』 うさんくさそうな沈黙。 『いいところだよ』 『……いや、やめておく』 『変な想像するなよ』 『誰が……!』 『30分後に行くからな。駐車場に下りとけよ』 『おいっ! 行くとは言ってな……』 パズはサイトーの言葉を最後まで聞かずに通信を切断した。 その30分後。 「……ドライブって言ってなかったか?」 マンションの駐車場に現れたパズの姿を見て、サイトーは微かに眉を寄せて呟いた。 「ほら。お前の」 パズが投げて寄越したヘルメットと、パズが跨っている大型のオートバイを交互に見ながら、 「こんな時間からバイクでどこへ行くんだよ」 と尋ねてくるサイトーを急かして後ろに乗せたパズは、 「だからヒミツだって言ってるだろ」 と、楽しそうにエンジンをふかして発進した。 |
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