公安9課狂詩曲 ①



「ねぇ、パズを見なかった?」
 ダイブルームの扉が開き、入ってきた素子に尋ねられてイシカワはモニターから目を上げて振り向いた。
「共有室にいなかったか? 10分ほど前にはそっちにいたぞ。何かウロウロしてたがな」
「いないのよ。電通も通じないし」
 素子はほっそりとした肩をすくめ、イシカワに言った。
「悪いんだけど、ログを調べてくれない?」
「別にいいが……パズに急ぎの用事なのか?」
 素子に尋ねながら、イシカワは9課の人間がビルを出入りする時に残る履歴を画面に呼び出した。
「……ふむ。今朝出勤したきり、外へは出てないみたいだぜ」
「そう。どこにいるのかしら。昨日パズが持ち帰った証拠品の件でちょっと問題があって。鑑識に持って行ったら、今対応してる別件との繋がりを確認したいからどこで拾ってきたのか早急にパズに訊くよう頼まれたのよ」
 困ったわね、と素子は腕を組んだ。
「証拠品?」
「そう。ちょっと怪しげなプログラム」
「そっち系か」
「そっち系よ」
 顔をしかめて見上げてきたイシカワに、素子は妖艶に微笑んで言った。
「別にわたしが使うわけじゃないわよ」
「当たり前だ。……まったく、パズも仕事のついでにろくでもないもの拾ってきやがる」
 ぶつぶつ言いながら、イシカワは画面を切り替えた。
「じゃあ、課内のカメラででも探してみるか」
 課内のセキュリティカメラはここでならすべて映像を拾うことができる。
 何度か画面を切り替えていくうち、イシカワは、おや、と手を止めた。
(……誰か、映像をいじってやがるな)
 カメラの場所を見ると、『地下射撃場』となっていた。

―――

 その数分前。
 パズはサイトーを探してビルの地下まで降りてきていた。
 地下射撃場にはやはりサイトーがいて、パズはほっと息をついた。素早く室内を見回し、サイトー1人なのを確認する。
『サイトー』
 電通で声をかけるが、返事はない。
 サイトーの手の中の銃が跳ね、的の中心部に小さな穴が開いた。
 イヤーウイスパーをしてはいるが、電通なのだから聞こえないはずはない。
『サイトー!』
 少し声を荒げると、サイトーがやっとパズの方へ顔を向けた。
 冷ややかな表情。いつものポーカーフェイスのようだが、パズの目には明らかに違うのがわかる。
『まだ怒ってんのか』
 パズがため息をつきながら言うと、サイトーはイヤーウイスパーを外し、叩きつけるように台の上に置いた。
「別に」
 独り言のように呟くと、銃からカートリッジを抜き、中をのぞいたりしている。
「もう忘れろよ。あれくらいのこと」
「何のことだ」
「……何のって」
 パズが隣に立つと、サイトーは明らかに不機嫌そうな表情になった。
「射撃の邪魔をするな」
「サイトー、聞けよ」
「今は仕事中だろうが」
「サイトー、聞け!」
 パズの言葉に耳を貸す様子のないサイトーの肩を掴み、声を大きくすると、やっとサイトーが顔を上げた。
「……何だ」
「昨日は、もうお前は来ないと思ってたんだ」
「ああ、確かに約束の時間に遅れたのはおれだし、お前がバーで女を口説こうがどうしようがおれには文句を言う権利はないな」
「そうじゃなくて」
 サイトーはパズが言いかけるのを無視し、新しいカートリッジを取り出して言った。
「お前が女と楽しい時間を過ごしてると知ってたら、おれも急いで仕事を終わらせる必要もなかったわけだ」
 カートリッジを交換し、カチンと音をたてて銃へ収める。
「昨日の女は良かったか?」
「寝るわけねぇだろ」
「嘘をつかなくていい。おれが行ったとき、随分楽しそうだったじゃないか。走って行ったおれが間抜けに思えるく
らいな」
「いや、あれはただの暇つぶしのつもりで……おい、よせよ」
 いきなりサイトーに銃を向けられ、パズは言葉を切った。
「ぐだぐだ言い訳をするな。わざわざそんなことを言いに来たのか?」
 銃口から先程発射された硝煙の匂いが漂ってくる。安全装置が外れていることに気づき、パズはひやりとした。
「サイトー……危ないぞ」
「くだらねぇ言い訳をしに来たなら、聞くつもりはないからさっさと仕事に戻れ。それとも撃たれたいか?」
「……いや」
 両手を軽く上げ、降参のポーズをしてみせたパズは、ゆっくり言った。
「サイトー、昨日はおれが悪かった。すまない」
「……」
 サイトーの銃は動かない。
「お前以外のやつを引っ掛けるなんてことは、二度としない」
「……どうだか」
 言いながらも、サイトーはやっと銃を下ろした。
「お前のそんな台詞、信用でき……んぅ」
 いきなりパズにぐいと腰を引き寄せられ唇を塞がれて、サイトーは目を丸くした。
「おいっ! ここ……!」
「カメラは細工した。おれもさっきから自閉モードにしてる」
「そういう……ことじゃなくて……」
 抗議の言葉も、パズの蕩けるようなキスに阻まれ、上手く出てこない。パズのキスはいつも、サイトーを脳幹から痺れさせてしまう。
 全身の力が抜け、銃を持ったまま、サイトーもしがみつくようにパズの身体に腕を回した。

――最も見られてはならない人物に、きっちり見られているとも知らずに。

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