「馬鹿! 危ないアズマ!」 トグサがとっさにアズマの体を突き飛ばして前へ出た途端、同時にバリバリという銃声が空気を引き裂き今度は自分が突き飛ばされたような衝撃を感じて前のめりに倒れた。 咄嗟に起き上がろうとしたが。 ――あれ……? どうして身体が動かないんだ? 冷たいコンクリートに頬をつけたまま、トグサが最初に感じたのは純粋な疑問。 目の前に暗闇が落ちる。 ――……明かりが消えたのか……? しかしすぐに肩と腹を焼けつく様な痛みに襲われて、撃たれたのだ、と察した。 「……うぁ……」 あまりの苦痛に空気を絞り出すように声を出すと、途端に視界が戻り周囲の音も戻ってきた。 あちこちで交わされる銃声。 ――……アズマは……? あいつはどこに……。 撃たれたショックと苦痛に加え、起き上がってアズマをバックアップをしなければという焦りがトグサを更に苦しめる。 頭上から何かが降りてきてガシャン、という音がしたかと思うと、トグサを庇うように青いタチコマの脚が現れた。 「大丈夫?! トグサくん?!」 甲高い声がいつもよりくぐもって聞こえるのは気のせいか。 空間を切り裂くように弾道が光を放って交差していく。 目の前に次第に広がる赤い血だまり。自分の、血。 ――ああ、早く起き上がって銃を持たなくては…… しかし視界はすぐにまた急速に暗くなっていき、周囲の音も耳に蓋をしたように遠ざかっていく。 「……大丈か……トグ……っかりし……」 誰かの声が最後に聴こえたが、後はわぁんという無数の蠅の羽音のような雑音に掻き消された。 やがて訪れたのは、白い世界。 ――― ――瞬間的に巡る、懐かしい情景。 子供の笑う甲高い声。 晴れた日の庭の洗濯物。 9課に配属された日の緊張。 訓練中の硝煙と汗の匂い。 家族との楽しい時間。 初めて持った銃の硬さと重み。 結婚式の日の青い空。 学校の教室の窓から見下ろす校庭の白いラインと砂ぼこり。 朝、食卓で立ち昇る白いご飯の湯気と香り。 風に揺れる自室の青いカーテン。 口に広がる祖母に貰った飴の味。 天井に上がっていく父の煙草の輪。 そして、母の焼くジンジャークッキーの香りが鼻をかすめて。 ――ああ、懐かしいジンジャーのあの香り。 そして再び空間に満ちていく、白い光…… ――― 「……おいっ! トグサ、しっかりしろ!」 力強い手にぐらぐらと身体を揺さぶられ、トグサはハッと目を覚ました。 「…………?」 ここはどこだろう。 薄暗い部屋。横からモニタの白い光に照らされたイシカワの髭面が目の前に迫っている。 「イ……シ、カ、ワ?」 「良かった。わかるか、おれが」 イシカワの厳しく寄せられていた眉が安堵に緩む。額に薄く汗が浮いて光っているのが見えた。 「トグサ、戻れたか。良かった」 イシカワの横から少佐の顔ものぞく。 どうやら何かの上に寝かされているらしい。 「ここは……? ええと、撃たれて……。どうしたんだっけ……?」 ぼうっとした頭を押さえようとしたが、腕がひどく重く、持ち上がらない。 気のせいか、焦げ臭いような匂いと白い煙のようなものがうっすらと室内に立ち込めている。 「マツイの作ったシュミレーションがリアル過ぎて、仮想空間での死が危うく本当になるとこだったんだぞ」 ため息をつくイシカワの後ろで赤服の慌しい気配がしている。 「お前が仮想空間で撃たれたショックがシュミレーターの本体にも影響してな。ショートしてお前の電脳ごと焼き切れるとこだった。一瞬早く少佐が連れ戻したがな」 「仮想……」 ぼんやり呟いたトグサの腕に、誰かが触れて声をかけてきた。 「俺と一緒に実戦のシュミレーション中だったんだぜ、覚えてるか」 トグサが声の方を振り向くと、薄暗い中でアズマも隣のダイブチェアに横になっているのが見えた。 「……アズマ」 伸ばした手でぽんぽんとトグサの腕を叩くアズマはひどくだるそうな表情である。 「危なくお前と心中するとこだったぜ」 「危なく心中じゃねぇよ。ツーマンセル組んでたくせにトグサを仮想空間に置いてきやがって、この馬鹿が」 アズマをイシカワが苦い顔で叱ると、 「無茶言うなよ。一瞬でも遅かったら俺も一緒にアッチ側に持ってかれるとこだったんだぜ」 アズマは口を尖らせると、だるそうに言い返した。 そのやりとりを見ているうちに、トグサもやっと自分に何が起こったか理解した。 新人たちを実戦に投入するのはまだ早い、と言い張るバトーの意見を尊重して、荒巻が訓練用に作らせた実戦シュミレーターはマツイの渾身の作だったのだ。が、それが精巧過ぎたのが今回の事故の元凶だった。 トグサとボーマが交代で新人と一人ずつ組んでシュミレーションすることになっていたのだが、開始早々、うっかり敵に身を晒したアズマを庇い被弾したトグサが、咄嗟に仮想空間であることを忘れ、離脱する間もなく架空の「死」に身を任せてしまったのだ。 リアルに堕ちていくトグサの意識に引きずられ、超デリケートなシュミレーター(とはマツイの言である)があり得ないことにあっさり火花を散らしてショートし、まだ繋がったままだったトグサが一時心肺停止状態に陥ったのだった。 「んで、走馬灯体験してやんの、こいつ」 次の日、トグサの病室のベッドの横で、見舞いに来ていたバトーにアズマが笑いながら言った。 「一瞬、死んだもんな。本当に。あのマツイの焦りっぷりがもう」 「お前なあ……誰のせいだと」 まだ顔色の悪いトグサが言い返すと、バトーは厳しい顔のまま腕を組んで言った。 「シュミレーションでよかったがな、トグサ。現実ならシャレにならんぞ、あの庇い方は」 「……悪い。おれもまだまだだよな」 「まあいい。退院したらみっちり訓練し直してやる」 「う……ハイ」 顔を引きつらせて頷くトグサ。 「大体、ジンジャークッキーって。欧米人かよお前」 アズマが笑いをこらえながら口を挟む。 するとトグサは一瞬で真っ赤になると、口を尖らせた。 「……小さい頃、母親がクリスマスに必ず焼いてたんだよ。人の形のやつ。アイシングで顔とか描いてさ」 「お〜、クリスマスパーティかよ。おばあちゃんにパパにママ。いいご家庭に育ってるよな」 アズマがからかうように言うと、トグサは眉をしかめた。 「人の走馬灯まで見られるなんて、プライバシーの侵害だぜ。マツイは趣味悪すぎだろ」 「見たっつっても実際見えたのは繋がってた俺と少佐だけだったし、一瞬だったけどな」 「だが、あれはマツイも想定外だったらしいぜ。貴重なデータが取れたとかでなんか喜んでたぞ、あいつ」 バトーが苦笑して言うと、 「おれの人生の想い出を研究資料扱いすんなよな……」 とトグサは弱々しく顔を覆い、ため息をついた。 「まあ、おかげでとばっちり食った俺も今日と明日は大事をとって非番になったわけだし」 手を擦り合わせて嬉しげに笑うアズマは大してダメージを受けたわけではなかったらしい。 「あとで差し入れで人の形のクッキー買ってきてやるよ。砂糖で顔を描いた想い出のジンジャークッキーってか」 「よせよ。他のやつらには言うなよ」 トグサはまた赤くなると、アズマに釘を刺す。 すると、腕組みを解いたバトーが立ち上がって言った。 「さて、おれは帰るが。アズマ」 「はい?」 「言っとくが、再訓練はお前も一緒だからな。ゆっくり休めるのは今日と明日だけだぞ」 「はあ?! 俺も?」 「当たり前だ。今回の事故はお前のせいだろうが。それに仮想空間での行動の仕方も勉強し直しとけ。生身をカバーできなくてトグサとツーマンセルが組ませられるか」 「……了解」 |