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はじまりはいつも ⑥
結局、ボーマと張り込んでいた件は空振りに終わり、パズは思ったより早く帰宅できることになった。 今日一日、いつも以上に無口に過ごしたパズに、ボーマも沈黙を以って付き合ってくれた。ボーマはいつも、余計なことは決して聞いてきたりせず、逆にこちらの口数が多ければそれにあわせてよく喋ってくれる。相性もあるだろうが、パズはそんなボーマとコンビを組んで仕事をするのが楽だった。 だが、もう一人の同僚イシカワは、時に思いもよらないアプローチを仕掛けてくることがある。 帰り際、廊下へ出たパズにイシカワが唐突に電通で話しかけてきたのだ。 『そういえばなあ、今日は帰りに寄り道をするといいかもしれねぇぞ、パズ』 『?』 エレベーターに乗ろうとしていたパズは顔を上げて周りを見たが、イシカワの姿はない。先程、ダイブルームでボーマと話した時に隣にいたから、まだそこにいるはずなのだが。 イシカワの声はなおも続けた。 『2ブロック先の駐車場に車を停めて、そこの公園に寄って帰るといいと思うぞ』 『……わかるように言ってくれ』 『行ってみればわかる』 そうは言われても、この、何か悪戯を思いついたような声を信用できるはずがない。 『おれはまっすぐ帰る。散歩をしたけりゃ自分がしろ』 パズは無愛想に返事を返すと、エレベーターに乗り込んだ。すると今度は、 『おれのモニターな、エレベーターの中も見えるんだよなあ』 と、笑いを含んだ声が頭に響く。 『……』 パズが顔を上げてエレベーター内のカメラの方を睨みつけると、イシカワがくつくつと笑う声がした。 『そう恐い顔するなよ』 『……何が言いたいんだ』 『サイトーは攻略が難しいぞ』 『……』 やはり、今朝の出来事を見られていたのだ。そんな気はしていたが。 目を伏せたパズが不機嫌に黙っていると、イシカワの声が続けた。 『サイトーがさっき、傘も持たずに歩いて本部から出てった。今頃は公園の辺りじゃねぇかと思ってな』 『……だから?』 『鈍いなお前も。また雨が降りそうだぞ。あの生身じゃ今度こそ風邪ひくんじゃねえか? あいつが女だとして、スケコマシのお前ならどうする?』 エレベーターが地下で止まり、パズは降りながら言った。 『あいつは女じゃねえし、おれもスケコマシじゃねえよ』 イシカワがまた笑う気配がし、好きにしろ、と言って電通が切れた。 エレベーターを降りた瞬間、パズはサイトーの身体を抱きしめた感触を思い出した。 濡れて冷たい服と、がっちりした筋肉の弾力。驚いて息を呑む気配。 だが、パズは唇をぐっと引き締めると、記憶を振り払うように首を振り、駐車場に出た。 ――また雨が降りそうだぞ。 運転席のドアに手をかけたパズの脳裏に、イシカワの声が甦った。と同時に、あったけぇ、と言って缶コーヒーを美味しそうに飲んでいたサイトーの顔も浮かぶ。 ――今度こそ風邪をひくんじゃねえか? 「……クソッ……!」 パズは舌打ちをすると、開きかけた運転席のドアを閉めた。 ――― パズが車のトランクを開ける。 トランクの中に傘が2本転がっているのを見ると、パズはちょっと考えてから1本だけ取り出し、後部座席に傘を放り込むと、車に乗り込んだ。 駐車場から出て行くパズの車をモニターで見送りながら、イシカワはあごひげを擦って呟いた。 「老婆心、てやつかね。ついつい、なあ……」 そして、モニターの画面を切り替えて別の映像を出す。 暗い、夜の公園。イシカワには、新浜市内に無数ある監視カメラの映像を自由に引っ張ってくることくらい何でもない操作だ。 粗い画像を拡大し、点々とライトのついた遊歩道をひとり歩く、小柄なスナイパーの背中をちょっと見つめる。 ――いやいやまあまあ、これ以上の野暮はやめとくか。 イシカワはにやりと笑って、映像を仕事用の画面に切り替えた。 |
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