女ともだち
※パズサイですが、オリキャラが出てきます。 ※サイトーさんが乙女です。 それでもよろしくってよ!という方だけどうぞ! ↓ ↓ ↓ サイトーはいくつかセーフハウスを持っていたが、パズが訪れたことがある部屋はひとつだけで、しかも一度か二度来ただけだった。サイトーの部屋はどれも同じようにシンプルだと聞いたパズが、逢引の場所は自分のセーフハウスでと決め、ずっとそうしてきたからである。 「シンプルで何が悪いのよねぇ」 そんなサイトーのセーフハウスのひとつ、新浜の中心部に近いマンションの一室で、ソファに座った大柄な女が、すらりとした脚を組んで煙草に火を点けながら言った。 「シンプルイコール殺風景とでも思ったのかしら」 「いや、パズにしてみたらおれの部屋は殺風景もいいとこだろう」 女の背後のキッチンコーナーで氷を割っていたサイトーが苦笑して答えた。 「あたしはこういう部屋好きだけど」 ぷかりと煙を吐いた女は、ソファの背にもたれて物の少ない室内を見回した。 「そうなのか? お前の部屋を見てるとそうは思えんぞ」 「あれは女王様仕様のお部屋なの」 「女王様ねぇ」 サイトーは、訪れたことのある女の部屋の、赤と黒と豹柄を基調とした色彩を思い浮かべた。 「住んでるのは女王様じゃなくて王様だがな」 「相変わらず失礼ねぇ、サイトーは」 もう一度脚を組みかえた女は、ソファの背に仰け反って上下逆さまにサイトーを見た。女の大きく開いた胸元からこぼれんばかりの双丘が見え、サイトーは顔をしかめて顎をしゃくった。 「アケミ、シリコンがずれるぞ、そんなことしたら」 「イヤン、どこ見てるのよぉ、サイトーのえっち」 「何がイヤンだ。元傭兵のくせに」 割った氷を器に移し、グラスと酒瓶と一緒に持ったサイトーは、ニューハーフの友人を呆れて見下ろした。 アケミは外見は艶かしい女に見えるが、元はサイトーと同じ隊にいたこともある屈強な軍人の男である。除隊した後、筋肉隆々だった義体部分は換装したものの、この肉感的な身体は義体でのそれではない。傭兵だったため義体化率は低くないが、顔はもちろんシリコンが納まった胸はもともと生身であったし、筋肉を落とした義体部分以外の生身の身体は自分の努力で女に近づけたという。全身を女の義体に変えてしまえば楽だろうにと思うのだが、この友人はあくまで自分本来の美を追求することに余念がない。 傭兵時代から、サイトーは気さくな性格のアケミ(元の名前で呼ぶと烈火の如く怒るのだ)とは親しくしており、もう随分長い付き合いになるが肉体関係をもったことはない。それが幸いしたのかこの不思議な友人関係は今も続いている。 アケミは除隊後、新浜のクラブでニューハーフに徹している。自分で女王様とは言っているが、そういう類の店ではなくごく普通のオカマバーである。サイトーは時々クラブに顔を出してはアケミのノルマ達成に手を貸し、仕事明けのアケミとお互いの部屋でこうして過ごす。 「元は軍人でも今はレディよ。あんたはレディに対する口の利き方がなってないわね」 サイトーがテーブルに持ってきたものを置くと、口答えしながらも元軍人はさっさとグラスに手際よく酒を作り、なめらかな仕草でサイトーに渡してくれた。 女らしい仕草に金をかけた服装、そして気合の入った化粧。そこらの女性より女らしさにこだわるその姿勢は、今の美しい容姿に繋がっている。 アケミの隣に腰を下ろしたサイトーは、さらりと零れ落ちた長い髪を手の甲で掬い上げてやり、友人の美しい顔をしげしげと眺めた。 「……頑張ってるな。最近ますます綺麗だ」 サイトーの珍しい言葉に、アケミはちょっと目を丸くした。 「なぁに。ついに手を出す気になったわけ?」 「そりゃねぇな。なんせ元を知ってるから」 「どういう意味よ。元から綺麗だったでしょ」 髪をサイトーの手から取り返してさっと後ろに払いのけたアケミは、口を尖らせた。 「ま、あたしも坊やのあんたとは寝る気になれないけどね」 「坊やはもうよせ。そう呼んでたのはもう10年以上前の話だろ」 「だって初対面の印象が坊やだったんだもの。それにあんた自分が思うほどあの頃から特に変わってないわよ」 自分のグラスに口をつけてすまして言うと、アケミは思い出したように顔を上げた。 「そうそう、職場の例のパズって男とはどうなってるの?」 「どうって」 「仲良くやってるの? 乱暴に扱われてない?」 アケミとは身長差があるため座っていても上から見下ろされている。その上まるで姉が弟を心配するような口調で尋ねられたため、サイトーは思わず苦笑した。 「保護者じゃねぇんだから、そんなこと聞くな」 「心配よぉ。何の仕事か知らないけど、あんたの職場だからどうせ荒っぽい連中ばっかりなんでしょ? 聞く限りでは女ったらしみたいだし。あんた遊ばれてるんじゃないでしょうね?」 「……さあな」 面と向かって『遊ばれてるんじゃないか』と言われると咄嗟に否定の言葉が出ず、サイトーは言葉を濁してグラスを口に運んだ。 「セフレってわけじゃないんでしょ?」 「……少なくともおれはそのつもりはない」 「あんたと付き合ってても他の女と寝てるの? そいつ」 「さあな」 「どうして知らないのよ」 「そんなこと改めて聞くようなことじゃないし。それに、あいつが女と何しようがおれは気にしない」 「嘘ばっかり」 「嘘じゃねぇ」 「じゃあ、何でそんな拗ねた顔してるのよ」 「拗ね……」 頬をアケミに軽くつままれ、サイトーは思わず自分の顔に手をやった。 「……拗ねてない」 「そう? 女と何してても平気って言うけど、女じゃなくあんたの職場の誰かと浮気されても平気なわけ?」 「ありえねぇよ」 「どうして? あんたと寝てるくらいなんだから、他の男とも寝てるかもよ。それとも、自分より魅力的な奴なんかいないってこと?」 「馬鹿言え。パズは職場の中で何人も手を出すとか面倒なことをする奴じゃないってことだ」 「ようするに、サイトーとしても職場の男とは浮気してほしくないってことでしょ」 「……大体、浮気するとかしないとか、パズとはもともとそういう関係じゃねぇし」 「じゃあどういう関係なのよ。わかんないのよねぇ、あんたの言ってること」 アケミは呆れた口調で言うと、前に落ちてきた髪を背中に振り払った。 「セフレのつもりはないけどお互い束縛もしない? そのくせ自分はパズに一途になって、前はあんなに遊んでたのをきっぱりやめて? それなのにパズがどこの女に入れたかわかんないモノを自分に突っ込んでくるのは平気なんだ?」 あからさまな言葉に、サイトーは顔をしかめて俯いた。 「そんな言い方するな」 それに一途になんかなってねぇ、と小さく付け足す。 アケミはその小さな否定は意に介さず、滔々と続ける。 「だってそうでしょ。世の中の女はそれが嫌だから好きな男を独占しようとするのよ。聞いた限りではパズは女の独占欲と執着を『面倒くさい』って感じる奴みたいだけど、女のそれは人間として好きな相手に対する当然の感情なのよ。相手をとっかえひっかえする女ったらしなんかにその神聖な感情を否定されたくないわ」 アケミは次第に世界中の女性を代表しているような気分になってきたらしく、あんなやつ女の敵よー!などと拳を振り上げて会ったこともないパズに抗議している。 そして、今度はサイトーを振り向くと、 「それに、これは男のあんたにもあったっておかしくない感情よ。ねぇサイトー、あんたパズが好きだからほんとは自分以外の誰とも寝てほしくないんでしょう? 違うの?」 と、じろりと目をのぞき込んでくる。サイトーは思わず目を逸らした。 「なんであんたはそれを認めるのを嫌がるのよ」 「……」 「本気で好きになるのが格好悪いとでも思ってるわけ?」 「……本気で恋愛するような柄じゃねぇんだよ」 「嘘つくんじゃねぇよ!」 突然アケミが大声を出し、サイトーは驚いて飛び上がった。 「苛々すんだよお前見てるとよぉ!」 がばと立ち上がり、タイトなスカートを捲り上げて大股を広げたアケミは、サイトーをソファに押し倒してその上に馬乗りになった。大柄な女の体重とその勢いに、潰れそうになってサイトーは目を白黒させる。 「昔っから思ってたけどなぁ、坊や」 馬乗りの姿勢のまま、たわわな胸を反らしてグラスの酒を一気に煽ってから、ぷはーと豪快に息をついたアケミはサイトーを見下ろした。 「狙撃とか戦闘とか、そういう時には驚くほど大胆で冷酷になるくせに、なんでこういうことには臆病なんだよ?」 「アケミ……」 「俺は『タケヒコ』だ! チキンのお前のためにあえて今だけ男に戻ってやる!」 「急に声が低くなったなお前」 久しぶりに見る男らしい友人を刺激しないよう、サイトーは小声で突っ込んだ。 「いいか、俺が見る限りではお前はこれまで3回は幸せを逃している!」 びしっと指を3本立ててサイトーに突きつけてくる。 「さ、3回?」 赤いマニュキアを塗った爪に右目を突き刺されそうになり、思わず息を呑む。 「黙って聞け! その3回とも、鈍感なお前のうやむやな態度で相手が引いていったんだぞ! その度に、本当は落ち込んでるくせに平気なフリするお前を俺が慰めてやってるんだぞ! 何がポーカーフェイスだっての!」 「はあ……」 「人間なら自分の感情に正直になれ! スケコマシを自分だけのものにしろ! 今度こそ幸せになれサイトー!」 大女に胸倉をがっしりと掴まれ、がくがくと揺さぶられたサイトーは、 「わ、わかったわかった。よく考えてみるから離してくれ」 と必死で訴えた。 「そう? わかればいいのよ」 途端に女に戻ったアケミからやっと解放され、ほっと息をつく。 そして、(やっぱりこいつと寝ることは一生ねぇな)と、サイトーは改めて確信したのだった。 次の日の午後。 公安ビルの屋上で、サイトーが煙草をふかしていると、 「よお、張り込みは終わったのか」 と後ろからパズに声をかけられ振り返った。サイトーは、 「おう」 とだけ言い、また前を向いて手すりに寄りかかる。 口数が少ないのはお互いさまなので、特に気にする様子もないパズはサイトーの隣に来ると自分も煙草に火を点けた。 「なぁ、パズ」 しばらく黙っていた二人の沈黙を破ったのは、サイトーだった。 昨日、久しぶりに『会った』タケヒコに言われたことを今日一日よく考え直し、サイトーは律儀にも友人の忠告を実行してみることにしたのだ。手すりに置いた手をぎゅっと握り込み、深呼吸を何度かして自分を落ち着かせる。 仕事の緊張がほぐれ、穏やかな表情のパズの横顔をじっと見つめながら、サイトーはもう一度繰り返した。 「なぁ、パズ」 「なんだ?」 「おまえ、最近も女と寝てるのか?」 「いや、寝てない」 「……ほんとか?」 ちょっと驚いたサイトーに、パズは心外だという顔をしてみせた。 「お前がいるのに、何でほかの奴と寝るんだよ」 あまりに意外な言葉に、サイトーは口をぽっかり開いたまま絶句する。 「なんだよ。その顔は」 「いや……すまん」 慌てて謝ると、パズはちょっとむっとした表情で新しい煙草を咥えた。 「その、ちょっと聞いていいか? パズ」 「なんだよ」 「お前が、何故おれと寝るのか聞いていいか?」 「はぁ?」 サイトーの言葉に、今度こそ思い切りしかめっ面になったパズは、 「今日は何なんだサイトー? 喧嘩を売ってるのか?」 と点けたばかりの煙草を投げ捨てた。穏やかな口調だが、ちょっと怒っているらしい。 しかし、サイトーが思いつめたような顔でこちらを向き、何か恐ろしく言いにくいことを胸から搾り出そうとしているのを見て、パズは抗議の言葉を飲み込んだ。 パズがじっと見守る中、サイトーは何度か咳払いをすると、大きく息を吸い込んだ。 「おれは……お前が……いやその、お前と寝たいから寝てるし、お前以外の奴とは寝る気はないし、その、この関係ができるだけ続けばいいと思っている。お前も、そう思ってるか?」 顔を赤らめたサイトーがつかえながらも言い切り、今度はパズがぽかんと口を開けたまま固まった。 「……黙るなよ」 パズの反応に、サイトーは慌てて目を逸らした。自分でも柄じゃないと思う台詞を思い切って吐いたのだ。相手に黙られると羞恥のあまり絶叫しながら屋上から飛び降りたくなる。 「いや、お前にそんなこと言われるとはな」 しばらく固まっていたパズが、やっと声を絞り出すように言った。 「……おれがこんなこと言うとおかしいか?」 「違う。言わなくても、わかってると思ってたんだよ」 パズは再び憮然とした表情に戻って言った。 「そんなことお互いわかってるつもりだったから、お前に改めてそんなこと聞かれると思ってなかったんだよ」 その言葉に、サイトーは頭を殴られたような衝撃を受けた。 「そ……」 そうだったのか、という言葉も出てこない。サイトーの脳裏に、タケヒコの『お前を見てると苛々するんだよ』という台詞が蘇り、やっと友人の言いたかったことを理解した。 相手も同じことを考えているのに、自分は全く気付きもせず。自分の気持ちが相手を束縛すると思い込んで、自由恋愛を気取っていただけだったのだ。ひいては、パズを全く信用していなかった自分に改めて気付かされる。 「すまん、パズ」 「謝るな。今おれはショックを受けてるんだ。お前が謝ると余計傷がえぐられる」 パズは大げさにため息をつくと、手すりにがっくりと凭れ、うなだれた。 「パズ、おれは」 焦ったサイトーが何とかフォローの言葉をかけようとするが、普段無口なスナイパーの頭には咄嗟に何も出てこない。 「そうだなぁ……これは償ってもらわねぇとな」 「なんだって?」 パズがふと小声で呟いた台詞に、サイトーは耳を傾けて聞き返す。顔を上げたパズと目が合い、浮かんでいる意地の悪い笑みに気付いてサイトーの頭に嫌な予感が掠めた。 「こうなったら、今日はとことん愛を確かめあわねぇとな」 「……とことん?」 「覚悟しろ」 がっちりとサイトーの首に腕を回したパズは、慌てているサイトーを引き摺るようにして屋上の入り口へ戻っていく。 「今日は、おれは傷心のため早退だ。お前も責任取っておれに付き添え」 「し、傷心で早退?! 付き添えっておま……、むぐ」 楽しげなパズに引き摺られながらサイトーが上げかけた抗議の声は、閉まるエレベーターの中でパズの唇に封じ込まれたのだった。 |
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