Poker Face、時々Smile
最初、あいつと会った時の印象は薄い。というか、初めて会ったのがいつだったか、思い出せない。 おれがあの賭場でポーカーをするようになったのが2ヶ月ほど前だから、多分その頃に会ったのだろう。やたら強い奴がいるな、と思ったのがあいつに注目するきっかけだった。 髪は短く、というか坊主で、片目のあいつはいつもむっつりした表情でカードをいじっていた。おれより少し年下だろうか。愛想の欠片も無いその顔が笑ったところなど見たことはない。背もたれに背中を預けてタバコを咥えたまま、カードを取る時とチップを場に出す時以外はほとんど身動きをしない。視線はカードに冷たく注がれたままで、時々こちらが声をかけるとふと目を上げ、カードを見ていたのと同じ冷ややかさでこちらを見やり、ひと言かふた言何か言うとすぐに目を伏せた。 (つまんねぇ奴) と思っていたが、カードの相手としては特に文句はない。むしろ、強いのでいつも負かされているうちに次第にあいつのことが気になって仕方がなくなってきた。 (いつか負かしてやる) とは思っているのだが、なかなか勝てそうにない。 だいたい、表情が読めないのだからなかなかに手強い。今日は調子がいいな、とか今日は最悪のカードだぜ、とか何か顔に出せばいいと思うのだが、何も読めないのだ。 おれは、あいつのはだけた胸に下がっているドッグタグを見て軍関係の人間だと勝手に見当をつけたが、それ以外にあいつの普段の姿を想像させるものはない。独り者なのか所帯持ちなのか、どんな部屋に住んでいるのか、普段どんなことを考えて生きてるのか。 名前だけは知っている。本名じゃあないだろうが、あいつの名前はサイトーといった。 ある時、ゲームの最中にサイトーの胸のドッグタグをじっと見ていたら、カードを取ろうとしてふと目を上げたサイトーと目が合った。 おれの視線の先がどこにあるのかすぐ勘付いたのか、一瞬、不快そうな顔をする。 『そういう目』で見ていたのだと思われた、と気付いた時には既に相手は目を伏せていて、目を逸らす隙もなかったおれは(別にそっちの趣味はねぇよ)と口の中だけで反論してみる。 おれ自身、ガタイのいい義体と男らしい顔立ち(別に自慢じゃなくて)のせいでちょっとあやしげな界隈を歩くとすぐにソッチの男どもから声を掛けられてうんざりするくちなのだ。 とはいえ、全く興味がないってわけでもないが……。 いや、一度くらいは試してみてもいいくらいには思っているんだが、これまでその対象になりそうな男に出会ったことはなかったのだ。 その時、 「あ」 取ったカードに目を戻したサイトーが小さく呟いたのが聞こえた。 珍しくポーカーフェイスが崩れ、眉間に皺がかすかに寄る。皺はすぐに消えたが、おれはそれを見逃さなかった。 (チャンスかも?) おれは表情に出さず、心の中でにったりと笑った。 「……クソッ」 サイトーが呟き、カードを置いて立ち上がりながら数枚の紙幣をこちらへ投げて寄越した。 「こりゃどーも」 (勝った! 初めてあいつに勝った!) おれが抑えきれない笑みを浮かべているのを見て、立ち上がったサイトーはタバコに火を点けながら不愉快そうに言った。 「そんなに嬉しいか?」 「まあな。悔しいか?」 「別に……。いつもおれが勝ってるからな。たまには負けてやる」 「まあまあ。負け犬の遠吠えってやつ?」 「……お前」 その時、サイトーは初めておれの顔をカードとは違う目でじっと見つめてきた。 「何だよ」 一瞬ぎくりとしてサイトーを見返す。怒らせたか? 「……いや、うちの職場の後輩にお前に似た奴がいるなと思ってな」 「おれみたいな男前がいるのか」 「そういうところがそっくりだ」 「……?」 いまいち意味が分からない。 おれの考えが顔に出たのか、サイトーはにやりと笑った。 おお、笑うと何だか……。 無意識にまたドッグタグの揺れる胸元に目が行き、慌てて逸らした。 その視線には気づかなかったのか、サイトーは笑ったまま、 「じゃあな」 と言うと、おれに背中を向けて帰って行った。 その尻を、おれはじっと見つめる。革のパンツに包まれた、引き締まったその尻を。 ……別にそっちの趣味は、ないんだけどな。 だけど、まあ、そういうことだ。 ――― くぐもったインターホンの音。 「港北メンテナンスです」 青いつなぎの制服に身を包み、目深に被った帽子の下から告げた素子は、インターホンのカメラに向かって偽の身分証明書を提示し、雑居ビルの三階にあるそのドアが開くのを待った。 素子の後ろには同じく青い制服を着て帽子を被ったサイトーが控えている。 『ドアが開いたらすぐ踏み込むぞ。わたしは右、サイトーは左』 『了解』 電通で素子に答えると、サイトーは後ろ手に持っているセブロを握り直した。 ドアの向こうには、ここ数か月9課が追っていた麻薬密売組織があるはずだった。 「おう」 やがて面倒臭そうな声が聞こえ、鍵が開く、カチャリという音がした。 その瞬間、素子は大きく脚を振り上げ、ドアを蹴破った。 「おーう、少佐、暴れたなあ」 ぐちゃぐちゃに荒れた部屋へ一歩踏み込んだバトーは、開口一番そう言うと、面白そうに部屋を眺めまわした。 「暴れたのは住人の方。わたしのは正当防衛よ」 澄まして答えた素子の足元には、ぐったりと力の抜けた男たちが5、6人転がっている。 気絶している男たちに念のため電脳錠を挿していたサイトーが、 「正当防衛、か」 と、苦笑いする。 その時、最後の一人に電脳錠を挿そうとして、サイトーがふと手を止めた。 「ん、こいつ……」 呟いて首を捻り、うつ伏せに倒れていた男を足で上向かせる。 「どうした?」 バトーがひょいと覗き込んできて尋ねる。 「知り合いか」 「いや、ここの探りを入れるために時々、この上の階の賭場に来てたんだが、そこに居た奴だな、こいつ」 サイトーは座り込むと、男の顔を横に向かせて、電脳錠を挿す。 「組織の仲間だったのか」 サイトーに電脳錠を挿されたことで目が覚めたらしい男が、うっすらと目を開けてぎこちなく首を巡らせた。 そして、サイトーの顔を見ると、 「……なんだ、ケーサツだったのかよ……」 と、ぼんやり呟く。 「次も、ポーカーで勝つつもりだったのによ……」 「……」 サイトーはそれには答えず、肩をすくめて立ち上がった。 「何だ、こいつに負けたのか?」 からかうように言ったバトーを睨み、 「一度だけだ」 と言い返す。 部屋は、いつの間にか集まった鑑識や警察官で溢れていた。 そこへ、かれらを掻き分けるようにして近づいてきたアズマが、 「サイトー、鑑識が呼んでるぞ。奥の部屋に密輸の銃器もあったからちょっと見てくれってさ」 「わかった」 そう答えてから、サイトーはアズマの顔を見て、足元に横たわった男を見下ろした。 「?」 サイトーの視線を追ったアズマが、つられて男を見下ろして尋ねる。 「なに?」 「いや……なんでもない」 サイトーはにやっと笑って踵を返すと、男から離れた。 「……あいつなら一回くらい、いいかなって思ったんだよなあ」 男の両脇に手を入れて担架に乗せようとしていた警察官は、男が何か呟くのを聞いて顔を覗き込んだが、もう目を閉じていたので肩をすくめ、そのまま担架に乗せた。 「……なんだったわけ?」 男が運び出されるのを見送りながら、アズマがまだ首を傾げていた。 |
スナイパーの魅力に、犯罪者もメロメロww というお話でした(笑)。オリキャラ君のモデルはもちろんアズマw
アズサイも面白そうだなあ、とか思ってみたり。アズサイとか、パズサイ←アズとかね(笑)。
タイトルが、なんか田舎のアイドルグループの歌の曲名みたいですね・・・。
→ 目次へ戻る