トグサ、きょうの料理



「ほら出来た。簡単にできたろ?」
「……全然簡単そうに見えなかったぞ」
「そうかな」
 軽口とは裏腹に危なっかしい手つきで包丁を扱うトグサの後ろで、バトーはいつでも手を出せるように仁王立ちをして、心配そうに茶色い髪の後頭部を眺め下ろしていた。

 30分前、トグサは買ってきた大量の野菜をレジ袋からシンクにぶちまけると、
「見てろよ!」
と腕まくりをして、おもむろに皮むきを始めたのだった。
 いつだったかのカレーライス(結局完成しなかったのだが)のリベンジと称して、トグサは再び料理に挑むらしい。

 いま、先に半分に切ったジャガイモの皮を剥いているトグサは、一つ終わるごとに自慢げにバトーに見せてくる。
 丸いジャガイモをピーラーで剥くより、半分に切って包丁で剥くとやりやすい、とどこかで聞きかじってきたらしく、以前より幾分手早くできることが嬉しくてたまらないのだ。
「ほら。な?」
「包丁の握り方が怖いぞ、トグサ。もっとこう……」
「ああもう、邪魔するなよ。それよりちゃんと見てたか? おれの包丁さばき」 
 見てるからこそ怖いんだよ、とぶつぶつ言いながら、バトーは手を引っ込める。
 次の人参を手に取ったトグサは、包丁をピーラーに持ち替えて、
「あんたんトコにピーラーがあるとはなあ」
と、意外そうに首を振った。
「前から使ってたがお前が気づかなかっただけだ」
 バトーが低い声で言い返す。
 以前はバトーが何か作ってやっている間、テレビの前でゴロゴロしているだけでキッチンにすら入らなかったくせに、よくこんな偉そうなことが言えたものだ。『ピーラー』という単語すら、最近知ったに違いない。
 トグサはバトーの言葉は耳に入らないらしく、つやつやしたオレンジの野菜に慎重に刃を滑らせている。
「人参はな、皮のすぐ内側に栄養があるから、薄く剥くんだよ」 
 手先に神経を集中しながらも、ウンチクを垂れることは忘れない。
 ネットで適当に拾い集めた知識だろうが、ずっと前から知ってたような口ぶりをしてみせるところは、まるで子供である。
「あ、そう」
 そっけなく言ったものの、バトーはさっきからずっと笑いを堪えているのだ。
「ほら、きれいに剥けたぜ?」
 満足そうにため息をつき、キッチンの照明にほれぼれと人参をかざすトグサは、とてもではないが公安の人間には見えない。
「次は、これな」
 ジャガイモを入れた大きなボウルに人参を切りもせずに放り込むと、トグサはシンクからピーマンを取り上げた。
 バトーは首を傾げ、
「おい、トグサ……」
と言いかけたが、トグサが早速ピーマンに包丁を入れているのを見て、後の言葉を飲み込んだ。
「ピーマンは、こうやって種を取ってさ……」
 ピーマンを半分に切り、種を取ろうとしたものの、『こうやって』のところでピーマンが予定外のところで裂け、白く細かい種が勢いよく飛び散ってトグサは一瞬固まった。
 が、何事もなかったかのようにピーマンから種を払い落すと、
「ま、こんな感じ」
 ぐしゃりとひしゃげたままのピーマンをボウルに放り込んで、咳払いをした。
 そして、さっさとシンクに手を伸ばすと、次に手に取ったのが、サツマイモである。
「おい、トグサ……」
 トグサの手の中の紫の芋を見て、バトーは眉をしかめ、また口を開いた。
「サツマイモはさ、すぐ変色するから皮を剥いたらすぐ水にさらして……」
「トグサ」
「ボウル、もうひとつあるかな?」
「トグサ、おい」 
「なんだよ?」
 後ろからがっしりと肩を掴まれ、ボウルに水を入れていたトグサは、しぶしぶ振り向いた。
「お前、今日は何の料理を作るつもりなんだ?」
「は?」
「だから、ジャガイモと人参とピーマンとサツマイモで、何を作るんだ」
「何って……」
 バトーの質問に、言葉に詰まったトグサの手の中のボウルから、ざあ、と水が溢れる。
「ええと……」
 トグサは、皮を剥かれた野菜が無造作に投げ込まれたボウルを見つめて口籠った。そういえば、下準備の仕方を知った野菜を手当たり次第に買っただけで、何を作るかなど考えていなかったのだ。
 先日、妻子の前で何度か練習し、大げさな賞賛に気をよくして早速バトーに見せに来たトグサであったが、処理をした野菜で何を作るかについては全く関心が無かったのである。
 シンクの中では、順番を待っているゴボウとナスとトマトが、ボウルから溢れた水に流されてあちらこちらに転がっていく。
「……ま、近いうちにこいつらを使った料理をまたネットで検索するんだな」
 バトーはそう言って、固まったトグサの後ろから手を伸ばし、水を止めた。
「皮を剥いちまうと、長持ちしねぇぞ。知ってるだろ?」
 そう言いながらも、慰めるようにトグサのつむじの辺りに唇を落とす。
 それでも黙っているトグサの顔をひょいと覗き込んだバトーは、トグサの下唇が拗ねたように突き出されているのを見ると、こっそりとため息をついた。

 バトーがトグサの肩を抱き寄せて耳元に口を寄せ、
「包丁さばきはすごく上手かったぞ、トグサ」
と囁くと、トグサはたちまち機嫌を直して顔を上げ、
「だろ?」
と得意そうに眉を上げてみせたのだった。





 子供か!トグサ!という突っ込みが聞こえてきそうです。
 以前UPした、 「トグサ、男の食彩」とあわせてご賞味くださいww どっちも料理は出来てませんが(笑)
 このあと、トグサがバトーさんにきれいに剥かれてしまうといいと思います!

 


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