告白
午前2時。 いくら気を張っていても、さすがに一日の疲れが押し寄せ瞼が重くなる時間である。 パズはため息をついて、端末の電源を落とすと立ち上がった。明日も朝から仕事である。そろそろ帰って眠らなければ、いくら義体化しているといっても脳の疲れは寝るより他にどうしようもないのだ。 ――そういや、サイトーはまだ帰ってないのか。 パズは照明の半分落ちた人気の無い共有室を見回した。 サイトーはパズの車を借りて、バトーと共に出ているのだ。張り込みか尾行だと言っていたが、バトーの車の調子が悪いとかで、午前中にパズの車のキーを借りにきたのである。 サイトーの車は無い。今朝、パズのセーフハウスから一緒に乗せて来たのだ。 あわよくば今夜も連れて帰ろうと思っていたが、数時間前に『悪いが今夜は遅くなる』との電通が送られてきたので諦めたのだ。すぐ近くにセーフハウスがあるので、車が無くても何の差支えもないのだが、サイトーに関してはいささか残念だった。 サイトーの相手ができないならこの機会にと、溜まっていた書類仕事を整理していたらこんな時間になってしまったのである。 パズが整理した書類をファイルに挟んでいると、廊下から人声がしてふと顔を上げた。 「……から、パズにもきちんと話を」 バトーと話しながら入ってきたサイトーは、パズを見ると一瞬右目を見開き、途中で言葉を切った。 サイトーの表情は一瞬で消えたが、明らかにぎょっとしたのをパズは見逃さなかった。 「おう、まだ居たのか、パズ」 後から入ってきたバトーは、何の表情も出さず、そう言うとごく自然に部屋に入ってくる。 「おれに何か話があるのか?」 パズがまだ入り口に立ち止まっているサイトーに尋ねると、 「ああ、悪いが明日の夜まで車、貸しといてくれねぇか。明日も朝から出るんでな」 とバトーが答えた。サイトーは何か言いかけていたが、バトーに遮られる形になり、すぐに口をつぐんだ。 サイトーのぎこちない空気に、パズは内心首を傾げたが、 「……返すのはいつでもいい」 とだけ言い、書類を持って部屋を出た。 何となく嫌な空気を感じた。 ――― サイトーはパズが出て行くのを見送ると、バトーの顔を睨んで電脳越しに責めた。 『……どうしてすぐ言わなかった?』 『今言えってのか? タイミングってのがあるだろうが』 『後になればなるほど、言いづらくなるぞ』 『他に手がないか探してみるって』 『そうやって誤魔化してもいつかは分かることだろ』 『ずっと気付かないってこともある』 『……おれはこういう中途半端なことは嫌いだ。それに、あいつの勘の鋭さを甘く見てると……』 『甘く見ちゃいねぇさ。だが、今すぐじゃなくていいだろ』 『バトーおれは……』 『今日は疲れた。頼むから明日にしようぜ』 バトーはそう言って話を切り上げると、自分のデスクの上を適当に片付けた後、まだ入り口に立っていたサイトーの頭を慰めるように片手でポンと押さえ、出て行ってしまった。 残されたサイトーはため息をつくと、眉をしかめ、バトーに触れられた頭をぼりぼりと掻いた。 ――― 次の日の朝、歩いて本部に出勤してきたパズは、ふと思いついて地下駐車場に下りていった。車の中に、タバコを何箱か入れていたのだ。まだサイトーたちが出ていなければ、今のうちに取っておきたかった。 ところが、エレベーターを降りたパズは、駐車場に入った瞬間、サイトーとバトーの声がして思わず足を止めた。 「……パズが……」 と、断片的に自分の名前が聞こえてきたからである。 ここからは見えない場所にいるらしく、二人の会話は途切れなく続いている。 「あいつが自分のものを大事にしてるのは分かってるよ」 「分かってるなら……どうしてこんな。こんなやり方おれは……」 「いいから、やらせろよ」 「よせ、こんなところで。誰か来たらどうする」 「あっちからは見えねぇよ」 「バトー、よせ……!」 「……いいから……」 バトーに押し切られた様子のサイトーの諦めたようなため息が聞こえる。 ここからは二人ともぐっと小声になり、聞こえにくくなった。 「……おい……あっ……! こんなの使うつもりか……?」 「大丈夫だって」 「よせ……あ、ああ……」 「……な? いい感じだろ?」 「……む、まあ……」 「続けていいか?」 「……クソ……ここまできたらもう……」 「……いいんだな?」 「……好きにしろ」 沈黙。 パズは頭が真っ白になった。 ――サイトー、バトーと……いつの間に。……一体、いつの間に? 大体、バトーにはトグサが、などとぼんやり思いながら、無意識に二人を探す。 見つけたらどうするかなど、考えていなかった。 ぐるりと見回すと、すぐ近くに停めてある自分の車が目に入った。 よく見ると、ぎしぎしと微かに動いている。 ――よりによって、おれの車で……! もつれあう二人を想像し、カッとなったパズは思わず駆け寄って怒鳴った。 「おい! 一体……何のつもりだ!!」 その声に、車の後ろに屈み込んでいた二人が弾かれるようにして顔を出した。 パズの怒った顔を認めると、二人とも明らかにギョッとした表情になる。 その顔に、パズはますます怒りを深めて二人を睨みつけた。 ――― 朝、早めに出勤したサイトーは、ロッカールームで身支度を整えるのもそこそこに、バトーを探してハンガーにやってきた。 「よう、サイトー」 まだスリープモードのタチコマの間から顔を出したバトーはご機嫌の様子である。 「……昨日の今日で、よくそんな顔していられるな」 サイトーは思わず不機嫌な声を出す。 「おれはパズに何て言われるか考えて夜も眠れなかったんだぞ」 「まあまあ、いいもん手に入れたんだよ」 ちょっと来いよ、と手招きされたサイトーは、しぶしぶついて行く。 エレベーターに乗り、地下駐車場に下りた二人は、昨日から借りているパズの車の後ろに回りこんだ。 「……で?」 腕組みをしてサイトーがバトーを見上げる。 「おれの腕を信じろよ」 ごそごそとポケットを探るバトーに、 「パズが小手先の小細工で誤魔化されると思うか?」 とサイトーは車へ顎をしゃくった。 二人の視線の先、パズの車のリヤバンパーがべこりと凹んでいた。 昨夜、対象の乗った車を追跡していた際、のらりくらりと逃げ回られることに業を煮やしたバトーが、強引に相手の車を止めると言い出したのだ。 その時、二人とも自分たちが乗っている車がパズのものだということを、すっかり忘れていたのである。 相手の車の前に回りこみ、バトーが急ブレーキを踏んで、相手の車に追突させて止めた瞬間、二人は同時にそのことを思い出した。 「……おい……そういやこの車」 「……やばいかも……」 「あいつが自分のものを大事にしてるのは分かってるよ」 バトーがポケットから丸い容器を取り出し、フタを開けながら言った。 「分かってるなら……どうしてこんな。こんなやり方おれは……」 コッソリ直すなんて、とサイトーはぶつぶつと文句を言っている。 昨日のうちに正直に打ち明ければよかったのだ。パズのお気に入りの車とはいえ、仕事上の事故である。許してくれないことはないはずだ。 「いいから、やらせろよ」 「よせ、こんなところで。誰か来たらどうする」 バトーが容器からねっとりしたパテをヘラに乗せるのを見て、サイトーは眉をしかめた。 「あっちからは見えねぇよ」 「バトー、よせ……!」 大の大人がみっともねえ、とバトーを抑えようとするが、力で敵うものではない。 「……いいから……」 強引に手を伸ばしたバトーは、凹みにパテをこってりと塗り込んだ。 「……おい……あっ……! こんなの使うつもりか……?」 続いてバトーがポケットから出したサンドペーパーを見て、サイトーが慌てた声を出す。 「大丈夫だって」 「よせ……あ、ああ……」 バトーの手で素早く形を整えられたパテがたちまち固まり、サンドペーパーで滑らかに削られていくのを見て、サイトーは感心したようなため息をついた。 「……な? いい感じだろ?」 「……む、まあ……」 「続けていいか?」 「……クソ……ここまできたらもう……」 「……いいんだな?」 「……好きにしろ」 サイトーの言葉に、にやりと笑ったバトーは再び手を動かし始めた。 いろいろな角度から確認しながらごしごしとペーパーで削っていく。楽しそうに修理するバトーにこれ以上何も言う気力もなくなったサイトーは、綺麗に直ってくれるならそれでもいいか、という気になり始めていた。 ところが、あとラッカーで色をつければ完成、というところまできた時である。 「おい! 一体……何のつもりだ!!」 パズの怒号が聞こえて、二人は飛び上がった。 教師に叱られる生徒のように気をつけをした二人の前に、怒り心頭のパズの顔があった。 『……おい……ムチャクチャ怒ってるじゃねぇか……!』 バトーが眉をしかめ、電通で呟く。 『おい、どうする。パズのやつ本気で怒ってるぞ』 サイトーもごくりと唾をのんだ。 『やっぱり……まずかったか?』 『だから言ったじゃねぇか!』 『正直に言うか?』 『当たり前だ、言うしかねぇだろ!』 『お前が言ってくれよ』 『何言ってやがる! 運転してたのはお前だろ!』 怒りの形相のパズの前で、サイトーとバトーは電通で言い争いながら、いつまでも肘で相手の脇をつつき合うのだった。 |
8月3日のパサの日にと思い書いたのですが、間に合わず8月4日にupとなりました。が・・・パサじゃないですね。どっちかっていうとバトサイ風味のパサでしたね(笑)
ある意味、2日のパズの日にupしてもよかったかも。
こういう勘違いネタ、結構好きなんです。いるかどうかわかりませんが、バトサイの濡れ場を期待した方すいません(^^;) 。。。(2011.8.4)
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