はじまりはいつも G




 公園の近くの大通りを一本脇へ入っただけの、本当に近い場所にパズのマンションはあった。やたら豪華なそのロビーを通り、どれに乗るか迷うほどいくつも並んだエレベーターのひとつに乗ると、箱が動き出すやいなや、パズはサイトーを壁に押し付けてまた口付けてきた。
 ふたりとも興奮がまだ醒めていないのは同じだったが、こんな場所でしなくても、とサイトーは心の中で苦笑した。あと少し待てば完全にプライベートの保てる部屋へ辿りつくのだ。
 パズが舌を絡め、唇を貪るうち、ん、ん、とサイトーがくぐもった声でエレベーターが止まったことを知らせた。名残惜しそうに口を離し、一瞬じっとサイトーの目を見つめたパズは、
「こっちだ」
と言って、廊下へ歩き出した。

 サイトーを部屋へ招き入れると、パズは広いリビングを通り抜け、奥の部屋へサイトーを押し込んだ。
「いい部屋だな。高いんじゃないか?」
 面白そうに言いながら周りを見回しているサイトーに構わず、パズは大きなベッドに相手を押し倒す。
「他の部屋もちょっとくらい見せろよ」
 明らかに焦らそうという意図が見えるサイトーの言葉に、パズは、
「それは明日の朝まで無理だな」
と、にやりと笑って答える。
「朝まで?」
 意味はわかっているだろうが眉を上げて聞き返し、服に手をかけてくるパズの腕を払うサイトーに、
「もう黙れ」
とパズが少し乱暴に襟元を引いて真顔で囁くと、サイトーはやっと口を閉じた。


―――


「……ん、ふ……!」
 サイトーの背中がしなり、唇の間から押さえきれない声が漏れる。
 パズの唇が舌が手のひらが体中を這い、全身の感覚が鋭くなったところへ今度は指が体内に潜り込んできて、サイトーは思わず叫びそうになったのだ。パズの指はサイトーの敏感な場所を散々刺激し、限界が来そうになったところへいきなり引き抜かれた。
 そして。
 今度はパズのモノがゆっくりと侵入してきて、サイトーは思わず顎を上げ、あああ、とため息とも喘ぎともつかない声を漏らした。

 サイトーの中に猛ったモノを少しずつ沈めていきながら、パズは焦れったそうに揺れる相手の腰を掴んでいた。
 パズにはこの状況がまだ信じられない。今朝、エレベーターの中でこのスナイパーを抱きしめ、純情な子供のように胸が高鳴ったことがもう遠い過去のように思えた。
 男に抱かれ慣れている様子のサイトーに、パズは意外に思いつつも安堵し、いざとなったらためらうのではないかと、探りながらだった行為を次第にいつものペースに戻していった。
 ただ、パズの方が男を抱くのが初めてだということをサイトーに気取られないかどうかということが、心配ではあったのだが。
 初めて間近に見るサイトーの肌は、当然女とは違うが、思ったより滑らかで手触りも良かった。
 潜り込んだ体内は熱く、女のあそこよりも締め付けてくる。
 体の中心から伝わってくる快感に、頭から足の先まで痺れていくこの感覚。
「は……早くしろ……」
 ゆっくりと侵食してくるパズの動きに焦れたのか、サイトーがたまらず口走った。
 焦るなよ、と言いながら、パズは抜き差しを繰り返しながら奥まで味わうように突き入れていく。
 サイトーはじれったい快感に神経が焼き切れそうになり、また顎を上げ熱い息を吐いた。
 挿入する直前、何度かサイトーが背を向けようとする気配をみせたが、パズはそれを許さなかった。もしかしたら後ろからの体勢の方がサイトーにはラクなのかもしれなかったが、快感を押し隠そうと必死なこの男の表情を最後まで見てやろうと、意地の悪い感情が働いたのである。
 普段の、ライフルを真剣な表情で触るサイトーの横顔を思い出す。その真面目な顔で、黙々と標的を捉えて撃つ冷酷なスナイパーが、いま自分の体の下で身を捩って喘いでいる。この酔狂さはクセになるな、とパズは思った。

 サイトーの方も、普段クールな顔でタバコをふかしていることの多い寡黙な同僚が、全裸で自分に圧し掛かっているこの状態に妙な興奮を覚えていた。さっき背を向けようとして阻止された時の、パズの意地の悪い笑みを思い出す。隠さず全部見せろよ、という挑発的な笑み。
 ぞくり、と背筋が震えた瞬間、パズの体がサイトーの上で大きく揺れはじめた。
 体内でパズのモノが窮屈に擦れる、心地よく卑猥な感覚。
「ぅあ! あ! あ!」
 揺さぶられるたびに、声が上がるのをどうにも止められない。
 バトーにも、顔を見せろ、とか、声を出せよ、とか言われたことはあるが、そう言われるとますます意地になって歯を食いしばっていた。だが、パズとのセックスではとてもそんな余裕はなさそうだった。
 自分のあられもない表情を見られたくはないが、見られているということに妙な興奮も覚える、この誘惑。
 息をするごとに、喘ぎ声がどうしても漏れる。聞かれたくないが、聞かれてしまう、この快感は何なのか。
 同じように耐え切れずに声を漏らすパズの息遣いに、自分もまた快感を与えている側でもあるという感覚に更に興奮が増して。 
 パズの動きが激しくなり、快感は頂点に達した。

そして、
「サイトー……!」
「パズ…………!」
 お互いの名前を叫んで、果てた。


―――


 ぐったりと横たわるサイトーのそばで、パズはタバコに火をつけた。
 こちらも同じく疲れ切ってはいたが、まだ眠気よりタバコの誘惑の方が勝っている。
 最初の一息を吸って長い吐息と共に煙を細く吐き出すと、
「……その一服に年季を感じるな」
と、いつの間にか顔を上げたサイトーがだるそうに呟いた。
「経験豊かだからな」
 パズが口の端を上げて言うと、だろうな、とサイトーが微かに笑った。
「男も女も、だろ?」
「……どうだかな」 
「男は初めてだったのか?」
 意外そうにサイトーが尋ねると、パズはちらりとサイトーを見下ろして、言った。
「……まあな」 
 サイトーは呆気にとられて見つめ返す。
「じゃあ……どうして」
 おれなんかと、という質問は途中で飲み込んだ。

 やはり興味本位だったのか、という思いが急にこみ上げてきて、サイトーは一気に気分が醒めていくのを感じた。
 と同時に、興味本位で自分を抱いただけの同僚に、あられもない姿を晒した己の間抜けさに腹が立ってくる。
 サイトーは舌打ちをすると体を起こした。
「おれはもう帰る」
 パズに腹立たしげに告げ、ベッドを下りて服を拾い集める。
「どうした? 泊まっていけよ。まだ雨が降ってるぞ」
 二本目のタバコを咥えていたパズが、驚いたように顔を上げた。
「シャワーだってまだ……」
「自分の部屋で浴びるからいい」
「おい、サイトー。急にどうした」
 さっさと服を身に着けるサイトーが、ひどく機嫌の悪い顔をしていることに気付いたパズは、怪訝な顔をして尋ねる。
「おれが何か気に食わないことでも言ったか?」
「…………」
「おい」
「満足したか?」
 シャツのボタンを留めながら、吐き捨てるように呟いたサイトーの言葉に、パズは眉を寄せる。
「何だって?」
「男を一度抱いてみたかっただけなんだろ?」
 ボタンを留める手を見下ろし、俯いたまま皮肉な感情を籠めて言ったサイトーは、
「それとも生身に興味があったのか?」
と苦々しく言い足す。
 しかし、少しの間を置いて、パズから、
「…………誰の話だ?」
と、間抜けな問いが返ってきて、思わず顔を上げてパズを睨み付けた。
 馬鹿にしているのかと、頭にかっと血が昇る。
「興味本位の相手に醜態晒したおれも間抜けだが、それならそうと最初から言ってくれれば……!」
 抑えていた感情が噴き出し、言葉が上手く出てこない。
「普段はあんな……最中に、あんなには……! クソッ!」
 サイトーは怒りと羞恥に顔が赤くなるのがわかり、そのことにますます怒りを募らせた。
 ところが、パズはというと、みるみるうちに表情が明るくなり、
「本当か?」
とむしろ嬉しそうな顔をしているのである。
「それは他のヤツより良かったってことか?」
「…………!」
 真っ赤になって部屋を出ようとしたサイトーの腕を、パズは慌てて身を乗り出して掴んだ。
「おい、怒るなよ! 大体、勘違いしてるぞ、お前」
「離せ!」
「待てって! おれは本気で……!」
 腕を掴んだまま勢いでベッドから下りたパズは、そう言いかけて突然動揺した。
「いや……その、おれは……」
 うろたえて言葉に詰まる。
 その言葉に、サイトーが振り向いてまじまじとパズの顔を見つめた。

 ――ああ、畜生……!
 パズは自分の間抜けさを呪った。
 ――このタイミングで言うつもりか? 
 情事の後の素裸の自分の姿。
 咄嗟に巻いたシーツでかろうじて腰の辺りは隠れてはいるものの。
 咥えていたタバコは口から転げ落ちてベッドの上。
 追いすがるように掴んだサイトーの腕。
 ――クソッ、醜態晒してるのはこっちじゃねぇか。
 それでも、サイトーが次の言葉を待ってパズの顔をじっと見ているのだ。 
 どこか期待したような眼差しなのはきっと気のせいではない。
 だから、続きを言わなくては。
 畜生、こんなはじまりってあるか?

 だが、パズは覚悟を決めて息を吸った。

「おれは、本気でお前を…………」




おわり。













 

 長々とおつきあいありがとうございました。
 ヘタれ攻め、というものを書いていることに途中で気付きましたよ(笑)。
 いつもと逆で、経験豊富なサイトーさんと男性は初めてのパズさんという取り合わせ。ということで、もうちょっとえっちな場面は書き込みたかったけど、すいませんこれが限界でした……。
 バトーさんについては本当に申し訳なく(笑)。 トグサくんとねんごろに仲良くしていただきたいと思います。


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