あなたに首ったけ



「あの男がビルに入ったぞ! アズマは裏から回り込め!」
「了解!」
 街中をトグサと共に全力で走っていたアズマは、トグサの声ですぐに方向転換し、男が逃げ込んだビルの裏手へ回った。
 細い路地を駆け抜け、ビルの裏口とおぼしき方向へ曲がると、案の定、追いかけていた相手と真正面から鉢合わせる。
 相手の男は仰天したような表情になったが、勢いがついていたため反応が遅れ、そのままアズマにがっちり捕らわれてしまった。
「おっと、暴れても無駄だよオッサン」
 小柄なその男はアズマの胸の中で一瞬もがいたものの、アズマが片腕をねじり上げると呻き声を上げ、その後は諦めたように大人しくなった。
「ヨシヨシ」
 宥めるように言いながら電脳錠をかけたものの、次の瞬間、相手の体臭が鼻に飛び込んできてアズマは顔を歪める。
「……おいおい、カンベンしてくれよ……」
 男の垢じみて黒くなった襟を汚そうに摘みながら、アズマは呆れたように呟いた。


 その後、所轄の警察署へ連行し男の聴取を済ませた2人は、夜遅くにトグサの運転する車で本部まで戻ってきた。
 地下駐車場に車を停め、エレベーターに乗り込む。
「今日はよく走ったな」
 エレベーターが動き始めると、トグサがふと呟いた。
「真冬とはいえ汗かくんだよな」
 ハイネックの首元を指で緩めるトグサに、
「生身は面倒だな」
と返したアズマは、服に風を入れているトグサを見てふと思いついたように一歩近づいた。
「何だよ?」
 いきなりキスせんばかりに顔を近づけてきたアズマの仕草に、ぎょっとしたトグサが一歩下がる。それを追いかけるようにもう一歩踏み出したアズマは、
「……同じ生身でも」
と、トグサの首筋に鼻を擦り付けながら呟いた。
「トグサの汗はいい匂いなんだよなあ」
「……やめろ、気持ち悪い」
「いや、おれの趣味じゃなくてさ。ただの比較」
 アズマに耳元で囁かれると、トグサはかっと顔を染めてアズマのこめかみを殴りつけた。
「どっちにしろ気持ち悪いんだよ!」
 ムキになって怒鳴るトグサに、こめかみを押さえながらアズマはにやりと笑ってみせた。


 やがて9課の階に着き、開いたドアから足を踏み出しながら、アズマはトグサを振り返って言った。
「あとさ、知らないみたいだけど首にキスマークついてるぜ」
「!」
「一体どこの元レンジャーにつけられたんだか」
 アズマはにやにやしながら言うと、真っ赤になって首元を押さえたトグサをエレベーター内に残して、鼻唄を歌いながら廊下を去って行った。 

 

 最近、ギャグ調でないアズマを書くことが意外と楽しいことに気付きました。
 アズマにトグさんを苛めさせるのが楽しいのです♪


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