ミルクコーヒー




  夜の繁華街を歩いていたパズは、ちらちらと明滅するライトを目の端で捉えてふと足を止めた。
 光の主はブティックのショーウインドウに飾ってあるクリスマスツリーだった。
(クリスマスね……もうそういう時期か)
 最近女遊びを休んでいるので、いつの間にかそういったイベントに疎くなっているようだ。休んでいるというより、仕事が忙しくて遊ぶ暇がないというのが実際のところだが。
 女性と接する機会が多いと、誕生日やバレンタイン、そしてクリスマスなどのイベントには嫌でも巻き込まれる。
 パズが相手をする女性は特にそうなのだ。イベントを大切にし、おしゃれの機会を逃さず、何かと買い物をしたがる。そういう女性は少なくとも外見が綺麗だからパズの目に留まるのだが、面倒なのは間違いない。買い物をつき合わされるのはまだいいが、プレゼントをねだられたり見返りを期待されたプレゼントを貰ったりするのがパズには本当に面倒でたまらなかった。
 そういうわずらわしさも、パズが女性とは深く付き合わないことにしている理由のひとつなのだ。

 ショーウインドウから離れたパズは、再び歩き始めた。今は張り込みの最中にちょっと飲み物を買いに出ただけなのだ。早く戻らないと、今頃車の中でボーマがたい焼きの袋を抱えたままぷりぷりと怒っているに違いない。
 張り込みの最中、急にいなくなったと思ったら山のようにたい焼きを抱えて帰ってきたボーマは、飲み物を買い忘れたと言ってパズを買いに走らせたのである。
『食べずに待っててあげるから、急いで行ってきてよ』
 小銭を差し出して急がせるボーマに、先に食ってていいぞ、と言うと、
『飲み物なしじゃ喉につかえちゃうだろ!』
と怖い顔をされてしまった。

 パズはため息をついて足を速める。
 頬を切るような冷たい風に反して、コートの両ポケットに入れた手のひらは熱いくらいの温度を感じている。ポケットにはボーマに頼まれた缶コーヒーが入っているのだ。
 缶コーヒーなどどれでもいいと思うのだが、わざわざボーマから『犬印のミルク入りのやつね』と指定された限り、それを買っていかなければ再び買いに走らされる可能性がある。
 そのため、わざわざ遠いコンビニまで探し歩いたのだった。
 我ながらマメだと思う。
 女に頼まれたならこんなことをする気にはなれない。
 パズは相棒に対する自分の甘さに呆れながらもう一度ため息をついた。

 大男で爆発物のプロフェッショナルのくせに、自分の口に入るものに対しては女性以上にこだわるボーマ。爆発物だって取り扱いには繊細さが必要とされる面はあるから、食べ物に対する繊細さと厳密には通じるものがあるのかもしれない。
 料理をさせたら上手いのかもしれないな、とパズは相棒がデリケートな手つきで食材を切るところを想像してみたが、想像上のボーマが意外にエプロンが似合っていて思わず噴き出した。
 だが、実際のところはどうなのだろう。ボーマとの付き合いは長いが、そういう個人的なことを突っ込んで聞いたことはない。穏やかで大食漢でどこかユーモラスな大男だが、やたらとプライベートを明かさないところは他の課員の例にもれなかった。
 
「何笑ってるんだよ」
 パズが車に戻ると、顔を見るなりボーマが怪訝な表情で訊いて来た。
 本人の顔を見ると、先程のエプロン姿が浮かんできて無意識に顔に出ていたらしい。パズは慌てて顔を引き締めると買ってきた缶コーヒーを差し出した。
「何でもない。ほら、これでいいんだろ」
「遅いよ。たい焼きが冷めちゃったじゃないか」
 ボーマは袋をがさがさいわせながら口を尖らせている。
「はい、こっちが義体用」
 差し出された甘い焼き菓子をパズが受け取ると、確かにひんやりと冷めてしまっている。
「そう言うな。ご指定のコーヒーがなかなか見つからなくて結構探したんだぞ」
「それは悪かったけどさ……」
 言いかけたボーマは、コーヒーを一口飲むとちょっと言葉を切った。
「なんだ?」
 間違ったものを買ってきたかと思い、パズが眉をしかめて尋ねる。
「それじゃなかったか?」
「いや。遠くから買ってきたにしてはまだ熱いな。……もしかして体温上げて運んでくれたわけ?」
 ボーマが意外そうに言って振り向くと、パズはそ知らぬ顔でタバコを取り出している。 
「へえ。パズはサイトー以外にもマメなことをすることがあるんだなあ」
 たい焼きをかじっては美味そうにコーヒーをすすりながら、ボーマがしみじみと言う。
 そんな相棒をちらりと見上げ、パズは口の端を上げた。
「おれは誰に対してもマメだ」
「嘘つけ」
 パズの反論をぴしゃりと跳ね返すと、ボーマは満足そうに指を舐め、次のたい焼きを取り出した。 

 いつしか車の外は雪がちらついている。
 パズが買ってきたコーヒーの温もりで、車の窓ガラスがゆっくりと曇りはじめた。



 ボマパではありませんよ(笑)。
 クリスマスな感じにしようとしましたがこの二人の組み合わせではそうなりませんでした、なお話。
 ちなみにボーマは生身用のたい焼きを食べてます。当サイトではそういう設定です。念のため。


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