任務の終わりに




 任務の都合で珍しくスーツを着た日のことだった。
 遅い時間に任務からやっと解放され、きちんとネクタイを締めた格好のままロッカールームへ帰ってきたサイトーは、ひどく気疲れしていたため、ちょうどそこにいたパズが目を丸くして自分を眺めていることに不覚にも気付かなかった。
「まだいたのか、パズ」
 それだけ言うと、さっさとスーツを脱ぎ捨てようとしたサイトーがネクタイに指をかけた瞬間、
「サイトー」
といつの間にか近寄ってきたパズにいきなり後ろから抱きすくめられ、息を詰まらせた。
「っおい!」
 抗議しようと振り向こうとしたが、後ろから回した手に顎を掴まれ、それもできない。
「何のつも……」
「珍しい格好してるじゃないか」
 パズの声が熱い息と共に耳に注がれる。
「……っ……総理官邸に行って来たからな」
 疲れのためか、いつもより感覚が鋭くなっているようだ。一瞬ぞくりと身体を震わせたサイトーは、眉をぎゅっと寄せ、どうにか平静を装って答えた。
 微かに笑ったパズは、顎を掴んでいた手を下へ移し、ネクタイの結び目にそっと触りながら耳のうしろのワイシャツとの隙間の首筋に顔を埋めるようにして唇を押し付けてきた。
「な、この服、おれが脱がせてもいいか?」
「……セクハラオヤジかお前は」
 耳元から身体の芯に響いていくようなパズの声にゴーストが震えるのを感じながら、表面だけでも平静を保とうと、サイトーは必死で軽口を叩く。
「……な?」
 囁きながら耳を甘噛みされ、うっと目を閉じた隙にネクタイの結び目を指でぐっと引かれ、少し緩められてしまった。
「……9課でこういうことはよせ」
 サイトーはどうにか身を捩って逃れようとするが、義体率の高い、それも9課きっての接近戦のプロに後ろからがっちり囚われては抵抗の余地はない。
「たまにはいいだろ。もうこの時間だ。誰も残ってないしな」
「……疲れてるんだよ。さっさと着替えさせてくれ」
「脱がせるだけだ」
「なら自分でできる」
「珍しくスーツなのに、普通に着替えたらもったいないだろ」
「何言ってやがる」
 突き放すように言いながらもサイトーは、自分の思いつきを実行したくてたまらないとばかりに楽しげに囁くこの男にはもう何を言っても無駄だと悟っていた。
 それに、パズの言うとおり既に皆も帰った後だ。人目を気にしてこれ以上パズとぐずぐず押し問答するより、希望通りにさせたほうが早く帰れるだろう。
 サイトーは大きくため息をつくと、
「……わかったから、さっさとしろ」
と諦めて身体の力を抜いた。



―――



 だが、もったいない、というパズの言葉の意味をもっとよく考えるべきだった。

 数分後、サイトーは激しく後悔しながらそう思った。
 足から力が抜けそうになるところをロッカーの扉に拳を突いて必死で踏ん張りながら、後ろから首筋をゆっくり這っていく舌の感触に頭の芯がしびれるような息苦しさを感じて浅い呼吸を繰り返す。
 肩を撫で下ろすようにして上着をゆっくりと脱がされ、ワイシャツの胸元を引っ掻くように指先を押し付けられながらやっとネクタイが外されたところだ。今はじりじりするような動きでパズの指がワイシャツのボタンをひとつずつゆっくり外している。
「……パズ、いい加減に……」
 これ以上焦らされるとまずいと思ったサイトーは、いい加減にしろ、と言いかけたが、いきなり耳の中に「しぃっ」と鋭く囁かれ、思わず後の言葉を飲み込んだ。
 パズのボタンを外す速度は変わらない。そして、呆れるほど自然な動きで、その反対の手が開いていく襟元からするすると胸元へ侵入してくるのだ。
 ロッカーに額を押し付け、荒い息をつきながらパズの手の動きを見下ろしていると、この場所でこんなことをしているという酔狂さを笑う理性と、プライベートな部屋でいつもパズからもたらされるものと同じ快感に負けそうになる本能との狭間で気が狂いそうだった。
 ボタンがやっと全て外され、腰回りを両手で撫で上げるようにしてワイシャツの裾が引き出される。
「……っ……」
 脇を撫で上げられる感触に、サイトーがびくっと肩を震わせる。
 すると間髪入れず、
「今日は敏感なんだな」
と耳の中に囁かれ、羞恥のあまり、かぁっとうなじに血が上るのを感じた。 
 思わず振り向いて抗議しようとした瞬間、電光石火の速さでベルトをさっと抜き取られながらあっという間に身体の向きを変えられて正面からジッパーを下ろされてしまった。
「……パ……! ん……」
 口を開く間もなく、唇を塞がれる。反射的にパズの肩を掴んで押し返そうとしたが、その前にパズの両手がするりと両側からスラックスの中に入ってきて、下着の上からぐっと尻を鷲づかみにされた。
「……ん! んん……!」
 その間にもパズの舌に容赦なく口腔内をぬるぬると侵されていく。溢れ出した涎が首筋にまで落ちてくるのを感じ、パズの肩を掴んでいる両手の力が抜けそうになる。
 サイトーがぎゅっと目を閉じ、びりびりと神経を刺激されるような舌の感触に抵抗できずにいると、いつの間にかスラックスが足元に落とされ、シャツも身体から剥がされて、まともに身に着けているのは下着と靴下と靴だけという情けない格好にされていた。

 その段階で不意にサイトーを解放したパズは、
「ほら、ちゃんと私服に着替えろよ」
とそれまでの熱っぽい仕草が嘘のような普段通りの声で言うと、にやにやしながら一歩下がった。 
 長時間焦らされ続けてぼうっとなっていたサイトーはパズのその言葉にハッと我に返った。
「……畜生……! このスケベ野郎!」
 慌てて足元にまとわりつくスラックスから足を抜きながら、サイトーは真っ赤になってパズを罵る。
「こんな……クソッ! 変態野郎っ!」
「だから最初に脱がすだけって言ったろ。約束通りだが、不満か?」
「うるせぇ!」
 脱いだスラックスをパズめがけて投げつけ、全身を真っ赤に火照らせたサイトーは、ロッカーから着替えとタオルを引っ張り出すと水を浴びて頭を冷やすためシャワールームに飛び込んで行った。

 その後姿を見送りながらポケットから取り出した煙草に火を点けたパズは、追いかけていって続きをするのも悪くないな、と思ったもののさっきの怒り心頭のサイトーの顔を思い出してやめにした。
 そこで、シャワールームのサイトーに、
『今夜はうちに来るよな?』
と電通を送ってみる。
『……誰が……行くか! 馬鹿野郎!!』
 即座に絶叫に近い返事が返ってくると、パズは楽しげな笑みを浮かべて煙をふうっと吐き出した。



 スケベパズによるじりじり脱衣プレイ(笑)                                                 


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