SAITO



 不意の突風に乾いた砂が舞い上がり、視界が白く煙る。
 隊列を組んで歩いていた男たちのうち数名が腕を上げ、細かい砂埃から目を庇って俯いた。
 サイトーも同様に目を庇いながら、前を平気な顔で歩く義眼の兵隊たちに遅れないよう急いで歩調をあわせた。
 義体化率が高い者は砂嵐が吹こうが吹雪に遭おうが一向に気にならないようだ。
 義眼でない者のために軍から支給されたゴーグルもあるにはあったが、視界が狭くなる上集中力をそがれるため、よっぽど風が吹き続ける日でもなければ使わないことにしていた。

 まばらに生えた潅木の間を縫うようにして、灼熱の太陽に焼かれた砂が舞う乾燥した道が続いている。
 次の目的地までまだ何時間も歩かなければならない。サイトーは、胸の前で構えた重いライフルを抱えなおし、右手遠方に広がっている林に目をやった。
 午前中にあの林の方から攻撃を受けたばかりだった。何とか撃退したとはいえ、今日のうちにまた新手が来ないとも限らない。常に警戒しながらのこんな行軍がもう何日も続き、体力も精神も限界まで磨り減っていたが、サイトーが電脳化以外生身だからといって誰も気を遣ってなどくれない。むしろ、ここ数日の遠方からの攻撃に対するサイトーの働きを見た隊の仲間たちが、その狙撃の腕とセンスに頼るそぶりを見せ始めたため、余計にここで潰れるわけにはいかなかった。
 サイトーは目に入りそうになった額の汗を拭い、足元に視線を戻して再び歩くことに集中した。

 太陽が沈んだ途端、昼間の熱が嘘のように冷え込み始めた。
 廃墟になった建物の一角でひとまず一夜を明かすことになったサイトーの隊は、1階の広い一部屋の思い思いの場所にそれぞれ陣取った。中でも義体化率の低い数名の兵隊は昼間のぬくもりをかろうじて残しているコンクリートの床に直接寝転がり、すぐに寝息を立てはじめた。
 サイトーも一旦は寝転がったが、隣の男が自分の背嚢から端末を取り出して地元のニュース映像を拾うのを見て半身を起こした。男はサイトーが見ていることに気づき、あごで招いて手帳ほどの大きさの端末を半分こちらに向けてくれた。
 小さなモニタには、今サイトーらが所属している軍のトップが写っている。きらびやかな会場で、紛争地域の治安回復に対する貢献と平和的解決について拳を振り上げて声高に話す男は、毎日銃撃戦に明け暮れているサイトーには自分とは無関係の人間にしか見えなかった。
 くだらねぇ、と隣の男が呟く。
平和的解決など理想にすぎない。つばを飛ばして演説するこの男はそれをわかっているのだろうか。わかっていて外国向けの演説をしているのか、わかっていなくて自分の話すことが本当に遂行されていると思い込んでいるのだろうか。
 どちらにしても愚かだ。
 モニタの中の男は、皺ひとつない真新しい制服に身を包みぴかぴかのバッジを光らせながら演説を終わらせ、目の前のテーブルに置かれている青いグラスから水を飲んだ。その満足気な顔は血色がいい。きっと毎晩自宅のふかふかのベッドでぐっすり眠っているのだろう。
 毎日命をすり減らして生きているサイトーたちには、まるで現実味のない映像だった。

 自分はなぜこの戦争に参加したんだったかな。
 サイトーは自分の寝床に戻りながら思った。
 自衛軍にさっさと見切りをつけ、傭兵としてこの国の治安維持軍に参加してもう半年になるが、自分のやったことといえば次々に攻撃をしかけてくるテロリストという名の民間人を数え切れないほど殺したことと、その家族である現地の人間に毛虫のように嫌われたことくらいだ。
 その間にも地下資源の豊富なこの国のトップはますます潤い、国民はますます飢えている。
 自分は何を求めてこの国に来たんだったろうか。ここで何をしたいと思ったんだったろう。
 早く帰りたい、と思った。

 ―――だが、どこへ?

 不意にそう問われた気がして、サイトーはハッと目を開いた。
 帰るところなどない。どこにも。 
 サイトーは薄い毛布の上で横たわったまま、ぎゅっと目をつぶった。
 だめだ、そんなことを考えるのはやめよう。帰るべき居場所がないことなど、昔から変わらないではないか。
 そのままゆるゆると眠りに降下していきながら、サイトーは再びぼんやりと思った。

 ――でも、早く帰りたい。ここではない、どこかへ。


 
―――



 ――貴様、いい腕をしているな。今からわたしの部下になれ!

 決然とした女の声が耳に響いた気がして、サイトーはハッとなって目を醒ました。
 途端に、機械音と人声のざわめきが耳に戻ってくる。
「おーい、サイトー。そろそろ着くぞ」
 バトーの大きな手に肩を揺さぶられて顔を上げたサイトーは、
「……おれ、どのくらい寝てた?」
と、組んでいた腕をほどきながら尋ねた。
 どうやらティルトローターの座席に座ったまま居眠りをして昔の夢をみていたらしい。
「10分ほどだな。どうした、疲れてたのか?」
 隣に座っていたパズが答え、心配そうに肩に手をかけてくる。
 しらじらしい、とサイトーは内心顔をしかめた。
 昨日、ひとのセーフハウスに押しかけてきた上にしつこくまとわりついてなかなか寝かせてくれなかった当の本人が涼しい顔でよく言うものだ。
 おかげで、任務中はそれほどでもなかったが、終わって緊張が解けると急激に眠気に襲われたのだ。
「帰ったら仮眠室で寝たほうがいいよ。報告書とかはアズマに書かせたらいいしね」
「えー。そりゃずるくねえか?」
 ボーマの意見に、アズマが抗議の声を上げる。
「そうそう。お前はデスクワークの数をこなして早く慣れた方がいい、アズマ」
 トグサがしみじみ言ってうなずく。その隣でヤノがにやにや笑っていたが、お前もな、とトグサに言われて首をすくめた。
「トグサまでそんなこと言うかぁ」
 悲しそうな顔をしたアズマががっくりと肩を落とした。
 そのアズマの向こうから視線を感じてサイトーがそちらへ目を向けると、素子の赤い瞳と目が合った。
 すると、
「今日はサイトーの働きで早く解決したようなものだからな。疲れたのも無理はない」
と素子がにっこり笑って言った。
 サイトーは素子の珍しい褒め言葉に一瞬目を見開き、また、疲れたのはそのせいばかりではないのだが、と少々居心地の悪さを感じて曖昧に頷いて誤魔化した。――もしかして、わかってて言ってるのだろうか。この上司だけはそれもあり得るから恐ろしい。
 そのとき、隣でパズが微かに笑う気配がして、サイトーは振り向いてじろりとパズを睨み付けた。パズの方は平気な顔でそっぽを向いている。
 そしてサイトーがまた素子の方に目を戻すと、既にそこは空席だった。どうやら操縦席のイシカワのところへ行ったようだ。

 今も昔も変わらないあの赤い瞳。
 ――今からわたしの部下になれ!
 あの言葉でサイトーは自分の居場所を与えられた。
 いま、ここに居る自分は素子のあの言葉から始まったのだ。
 サイトーは、降下を始めたティルトローターの唸りと仲間たちのざわめきの中で、もしこれが夢でも醒めないでほしい、と思った。

(……らしくねぇな)
 降りる準備をしながら、サイトーはポーカーフェイスの裏で苦笑した。



 サイトーさん充を求めていらっしゃった後藤孝明さまへ捧ぐ!
 これを書いたあと、公式の設定を改めて見ると、サイトーさんは「本来は集団行動に向かないが」今は少佐やバトーと行動を共にしてるんだよというようなことが書かれてました・・・ありゃ(笑)
 でも昔の傭兵生活を思えば今は9課に自分の居場所が在ることを、きっとサイトーさんだってちょっとはほっとしてるはずだよね!ということにしました(^^;) なんたってパズもいるしね♪


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