物思いの雨
激しい雨が降っている。 パズは髪の間から額を伝って落ちてくる雫を手のひらで拭い、ついでに落ちかかっている前髪をかき上げると、手のひらを振って水を切り、再び両手をポケットへ突っ込んだ。 街路樹の下に立っているこの状態では雨を完全に避けることはできない。枝葉を伝って大粒の雫がまとめて落ちてくる中、いつものスーツを着たパズの全身は既にずぶ濡れだったが、目の前の建物に入ることは任務中の身では当然許されない。 煙草が吸いたい、とふと思った。 目の前の建物の中には総理と一緒に課長とトグサが入っている。同じ建物の屋上ではニンジャ服を着た素子が、向かいのビルの屋上ではライフルを構えたサイトーが、雨に煙る道路を隔てた後方ではバトーが、それぞれずぶ濡れで待機しているはずだ。 彼らはこの状態で雨の中、既に2時間以上身動きもせずに周囲を警戒している。 時折交わされる課長と素子のやりとりに注意を向け、周囲の状況に神経を尖らせているものの、警戒することに慣れているパズの意識の半分は自由に浮遊している。 こめかみを水が幾筋も流れていくのを感じ、パズはまた髪をかき上げた。 今日こんなに雨に濡れるとわかっていたらもう少ししっかり髪を固めてきたんだが、とぼんやり思う。 せめてタチコマにでも乗れるなら雨を避けることもできたのだが、青い戦車はこのオフィス街では目立ちすぎであるし、かといって光学迷彩もこの雨の中では役に立たない。だいたい、今日はタチコマで出動するような性質の任務でもないのだ。 空はどんよりと灰色に濁り、雨足はますます強まってきた。 水滴と共にぱらぱらと落ちかかる前髪をかき上げ、目に入りそうな雫を拭いながらパズの思考はさらに明後日の方向へ飛び去り、ついには夕べのサイトーの痴態を思い出していた。 サイトーの汗に光る肌や上気した顔が頭に浮かび、ふと荒い息遣いが耳の傍をかすめた気がしてパズはぞくりと背筋を震わせる。 夕べこの手で抱いた男は今、背後のビルの屋上で自分と同じようにずぶ濡れになってライフルを構えている。快楽と苦痛の狭間で潤んで揺れていたあの瞳が今は冷たくスコープに据えられているのだと思うと、何故か今すぐ会いたくなった。 ストイックなスナイパーの殻を破り、快楽へと導くあのひとときを早く貪りたい。 スナイパーのいるビルの屋上を振り仰ぎたい衝動を抑え、パズはため息をついた。 『――パズ』 唐突に、低い声が電脳に響いた。バトーからの暗号通信である。 『パズ、どうした? 集中しろ。体が揺れてるぞ』 『……すまん』 道路を挟んだ背後から元レンジャーの視線を感じ、パズはひやりとした。 物思いに耽っていても任務には集中しているつもりだったのだが、うわべの警戒はバトーには通用しなかったらしい。 それに、物思いの内容がサイトーのことになるとどうも……。 パズは大きく息を吸った。 (クソッ。責任取って今夜も付き合えよ、サイトー) 心の中で呟くと、それっきりスナイパーを頭から追い出したパズは警戒と緊張感を改めて張り巡らせ、土砂降りのカーテンの向こうに目を凝らした。 |
仕事中にスケベ妄想。パズ兄さん、仕事してー!
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