あなたのためなら何度でも



 『ご褒美の行方(サイトー+タチコマ)』に関連するお話です。
 未読の方はそちらを先にお読みくださいませ♪

 よろしくってよ早くお見せなさい。という方はスクロールしてご覧ください。






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 抜けるような青空を眺めながら、サイトーはぼんやりと足を組んでベンチに座っていた。
 誰もいない病院の屋上。さえぎるものもないこの場所は風は強かったが、燦々と陽光が降り注いでサイトーの頭の包帯を温めている。
 ここのところ寝たきり状態だったため節々が凝り固まって、動くだけでギシギシと軋んだが、こうして座っていると肋骨が数本折れているとか右足首が腫れ上がっているとか、電通を使用禁止にされるほど頭を打ったとかいうことを一瞬でも忘れることができた。

 ――怪我なんてするもんじゃないな。
 ベンチの傍に置いてある灰皿へ目を落としてため息を吐く。さすがにまだ煙草を吸う気にはなれない。
 ここ数日、薬のせいでほとんどベッドの上で意識が朦朧としたまま過ごしていたのだ。
 おかげで入院時には決まって襲われる悪夢に長いこと苛まれるはめになった。
 入院中の薬の効いた眠りの間、かなりの確率で悪夢をみるのはなぜだろう。
 怪我の痛みや薬の匂いのため、無意識のうちに昔を思い出すからだろうか。
 悪夢の大半は戦場の記憶だ。
 記憶の底に沈めて忘れてしまいたい無数の記憶は、こういう時にいつも浮上してきてはサイトーを悩ませる。

 ――とはいえ、命拾いしただけタチコマには感謝するべきか……。
 機体がバラバラになりながらも、千切れかけたアームで最後までしっかりサイトーの右足を掴んでいてくれた青い戦車を思い出す。
 あれはAIとして人間を守る本能的なプログラムの働きなのだろうとは解っていたが、普段の無邪気なタチコマを見ているとついいろいろと考えてしまう。

 サイトーは目を閉じ、日差しを受けるように顔を空へ向けたままとりとめのない考えに頭を巡らせた。

―――

「サイトー、探したぞ」
 後ろから不意に声をかけられ、サイトーは我に返った。
「……パズか」
 体を起こし、嗅ぎなれた煙草の香りの方を振り返ると、
「もう歩き回って大丈夫なのか?」
と、パズが煙草を灰皿に押し付けるところだった。
「リハビリ中だ」
「病室にまだ面会謝絶の札がかかってたぞ」
「そうか?」
 サイトーの気のない返事に、隣に腰を下ろしたパズは肩をすくめると新しい煙草に火をつけた。

 しばらく二人は黙ってフェンスの向こうの街を眺めていたが、パズが不意に口を開いた。
「……お前、結構デリケートなんだな」
「はあ?」
「身体のことじゃないぞ」
「じゃあ何なんだ」
 サイトーが眉を顰めてパズの顔を見ると、
「……いや……」
と、パズは口ごもった。こういう時、この男はサイトーが怒る様なろくでもないことを考えていることが多い。
「言いかけてやめるのはよせ」
 サイトーが語気を強めると、パズはぷかりと煙を吐き、ちらりとサイトーの顔を見た。
「お前、大怪我すると昔のことでも思い出すのか?」
「……何だって?」
「寝てる間、またうなされてたな」
「見舞いに来てたのか?」
「入院した次の日から、時々顔を出してた」
「……」
「いつ起きるのかと思ってな。……毎日うなされてたぞ、お前」
「ヒマな奴だ」
 毎日この男に寝顔をのぞかれていたのかと思うと不意に顔が熱くなり、サイトーは思わず小さく呻った。
 と、ふとあることを思い出す。
「……お前……まさか、また寝てるおれにキスなんかしてねぇだろうな?」
 パズは前方に視線をやったまま、にやりと笑った。
「油断して寝てる方が悪い」
「……てめぇ……!」
 サイトーは憎々しげに呟くと、涼しい顔をしているパズを睨み付けた。





 廃ビルでの一件の時。
 バトーの後に続いてタチコマで廃ビルの壁をよじ登っている間、意識を失ったサイトーの身体は、パズの視線の先で宙吊りのままゆっくりと揺れていた。
 まるで死んだようにぴくりとも動かない身体を、パズはぞっとして見つめる。先程までバトーと電通をしていたから、まだ生きているはずなのだが。
 ぶらんと下がった両腕の先から滴っている液体は、タチコマのオイルか――それともサイトーの血液か。
 片足を掴んだタチコマのアームは、今にも千切れそうな数本のコードで繋がっているだけだ。
 サイトーのそばにたどり着くまで、パズはゆっくりと揺れ続ける身体を見つめながらひどい焦燥と不安に苛まれた。

『タチコマ、サイトーはこちらで保護する。もう離していいぞ』
 バトーの声に、ハッと我に返る。
『おいタチコマ! 離すんだ。聞こえねぇのか?』
 困惑したようなバトーの声に目を上げると、サイトーの足を掴んだ壊れかけのタチコマのアームを、バトー機がつついているところだった。
『……こいつ、がっちり掴んだまま機能がダウンしてやがる』
 電通の向こうでバトーが苦笑している。
『パズ、サイトーの身体を支えてやってくれ。とりあえずおれのタチコマでアームをひっぺがしてみる』
『了解』
 ぐったりとなったサイトーの身体をタチコマで受け取ると、パズはひそかに安堵のため息をついた。  
  
―――

「足首、折れてはなかったのか?」
 まだ包帯で固定されているサイトーの右足を見ながらパズが尋ねると、
「ああ、どうにかな。まだ腫れてるが」
と、サイトーはぶらぶらと足を揺すってみせた。
「ビルの屋上から逆さ吊りになった感想は?」
 パズがからかうように聞くと、サイトーは顔をしかめた。
「あんまり覚えてねぇよ」
「白目剥いて気絶してたもんな」
「うるせぇ。死にかけてたんだ、こっちは」
「……そうだな」
 灰皿に煙草を押し付けたパズは、立ち上がってスーツの皺を伸ばした。
「そろそろ戻らないとな」
「仕事サボって来てんじゃねぇぞ」
 一、二歩踏み出しかけたパズは、サイトーの言葉にくるりと向きを変えた。
「? 何だよ」
 つかつかと歩み寄って目の前に覆い被さってきたパズに、サイトーはぎょっとして眉を上げた。
 乱暴に胸倉を掴まれ、あっという間に唇が重ねられるが、すぐに離れる。
「……死んだかと思ったぞ、本当に」
 不機嫌な呟きのあと、もう一度唇を押し付けられてから、胸倉を解放された。

「……おれが死んだら死に顔にキスなんかするんじゃねぇぞ」
 触れられた唇を舐めながら、サイトーが眉をしかめて言った。
「意味のないことはしねぇよ」
 今度こそ背中を向けて歩き出したパズが答える。
「生き返るなら、この唇が擦り切れるほどキスしてやるがな」
 
 パズの去った屋上でひとりで風に吹かれながら、サイトーは苦笑して呟いた。
「――シェイクスピアかよ、スケコマシめ」



 ラブラブです。ラブラブなふたりです(力説)。
 パズ兄さんの最後の言葉は、書いてる最中にテレビでやってたシェイクスピアの名言から。パズ兄さんに何か甘い言葉を吐かせたくて(笑)


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