ご褒美の行方
「サイトーさん、後方から別のヘリが接近中ですぅ!」 タチコマの甲高い声が危険を告げ、サイトーはチッと舌打ちした。 「クソッ、もう少しなんだが……」 スコープの中のヘリと鷹の目で拾った映像がサイトーの目の前で重なっている。狙撃のタイミングまではあと数秒待たなくてはならない。 サイトーは、廃ビルの屋上から不安定に身を乗り出した格好のタチコマのポッドの上部から、顔と腕を出して数千メートル向こうのヘリに高性能ライフルの照準を合わせているところだった。 3時間前、テロリストのハッカーが陸自の思考タイプの対戦車ヘリ3機のプログラムを弄ったため、ヘリが無人のままずっと暴走しているのだ。基地近くの街の上空をうろついている3機のヘリの処理を9課が請け負ったのは、その1時間後だった。 「サイトーさん! もう時間がありません!」 「わかってる!」 3機のうち1機は素子とイシカワがプログラムに潜り込んで操作し、既に基地へ誘導することに成功した。しかしサイトーがAIの中枢に照準を合わせているヘリともう1機は手の打ちようがなく、広い市民グラウンドに墜とすという条件付きで撃墜許可が下りたところだった。 (もう1機はバトーたちが張り付いてたんじゃないのかよ) わずかな苛立ちが頭を過ぎるが、街中なのだからタチコマに乗ってもあまり自由に動けないことを思い出し、もう一度舌打ちをした。 とはいえ、スコープを覗いている限りは冷静さを失うことはないサイトーは、息を整えると静かに引き金を絞った。次の瞬間、鷹の目の映像で、見事命中したのを確認する。 (――よし!) ほっとしてわずかに息を吐いた瞬間、 「サイトーさん、ポッドに入ってくださいっ!」 タチコマが叫んだと同時に耳をつんざくような破壊音が響き、がくんと姿勢を崩したタチコマのポッドから、サイトーはあっという間に空中に投げ出された。タチコマを支えていたワイヤーがヘリの銃撃で断ち切られたのだ。同時に上からヘリが呻りを上げて目の前に降りて来る。 「っ――ぅわっ!」 10階建てのビルの屋上から振り落とされたサイトーは、無意識に声を上げて手足をばたつかせる。 「危ないっ!」 孤立無援で空中にいたのはほんの数秒だったらしい。タチコマの声と同時に新たなワイヤーがサイトーの右足に絡みつき、そこで落下が止まった。が、ワイヤーの撓りでそのままビルの壁面に背中から叩きつけられ、一瞬気が遠のく。 「――ぅ……っ!」 「あっ! 大丈夫ですかぁ?!」 しまった、という響きの声が慌てて近づいてくる。 しかし、右足を金属の手が握るのを感じ、サイトーが安堵した瞬間、追い討ちをかけるようにヘリがタチコマを狙って連射してきた。 「きゃぁあわわわぁあ!」 タチコマの悲鳴が上がり、逆さ吊りになったサイトーの上から青い破片とオイルが雨のように降ってくる。 「おいっ! タチコマ?!」 その瞬間、ヘリが爆発した。 熱風を全身に浴び、衝撃でもう一度壁面に叩きつけられる。 『サイトー! 大丈夫か?!』 バトーの声がサイトーの頭に響く。 (バトーが墜としたのか) この廃ビルの真下は一応駐車場だ。怪我人が出なければいいが、と思いながら、叩きつけられた背中と全体重がかかる右足の痛みを押し殺して電通を返した。 『おれは何とか大丈夫だ。それよりタチコマが……』 『すぐ行く!』 ビルの壁面をタチコマで登ってくるつもりなのだろう。タチコマに足首を握られ宙吊りになったまま、サイトーは遠のきそうになる意識を必死で繋ぎ止める。 「タチコマ! 生きてるか?」 「ダイジョブでぇーす」 上へ向かって声をかけると、歪んでギシギシした声が返ってくる。叩きつけられた衝撃で首を痛めたため、タチコマの様子を見上げることができないが、ぽたぽたと落ちてくるオイルに、サイトーはあまり大丈夫ではなさそうな青い戦車を想像する。 「ダイジョブですよぉ。ちゃんと掴んでまーす。落とさないから安心してねサイトーさぁん」 機械的なノイズが混じるとはいえ、子供のような声と口調でのんびりと声をかけてきたタチコマに、サイトーは安堵を覚えてそのまま意識を失った。 ――― 「よぉサイトー、退院おめでとさん」 久しぶりに出勤した9課で、サイトーはすれ違ったバトーに声をかけられた。 「もう大丈夫なのか?」 「ああ。アバラはまだ折れたままだからしばらくは机仕事専門だがな」 サイトーがコルセットを巻いた胸の辺りを軽く叩いて返答すると、 「ビルの屋上から宙吊りになって死にかけたってのになぁ」 とバトーは呆れたように笑った。 「ああ、そうだ。バトー、頼みがあるんだが」 「んん?」 歩き出そうとしたバトーが振り返ると、 「その……例のアレを、ひとつくれないか」 と、珍しくポーカーフェイスを崩したサイトーが上目遣いでもごもごと言った。 「……例のアレ?」 ハンガーに入ると、独特の機械とオイルの匂いがサイトーを包んだ。 「あ、サイトーさんだぁ!」 いつも奔放にそこらを動き回っているタチコマたちが、たちまちサイトーを取り囲む。 「もう修理終わったのぉ?」 「サイトーさんは生身だから修理じゃないよ。治療だよ」 「あ、そっかぁ。だから時間かかるんだ」 「ねえねえ、もう大丈夫なのぉ?」 「ああ、まあな」 サイトーは飛び交う甲高い声に応じながらいくつもの青い機体を眺めまわす。 (……参ったな……) その時、サイトーの手元に握られている物に気付いた一機が、嬉しそうに声を上げた。 「あっっ! サイトーさんいいもの持ってるぅ!」 「ああ〜! 天然オイルだあ! ねえ誰にあげるの?」 「ねえねえ誰にあげるのぉ?!」 「いや、これは……」 サイトーはオイルを慌てて後ろに隠そうとするが、周りをすっかり囲まれているのだから意味が無い。 「ぼくに? ぼくに?」 「早いもの勝ち??」 今度は後ろのタチコマが騒ぎ始め、サイトーは困ったようにタチコマたちを見回した。 「こないだおれを乗せてた機体はどいつだ?」 「こないだって?」 「ヘリに撃たれて壊れた奴がいるだろう」 「あ〜あれね」 「一応、助けられたからな」 口の中でもごもごと言ったサイトーは、 「そいつにやろうと思ったんだが……見分けがつかんな」 と困ったように頭を掻いた。 すると、 「それ、ぼくぼくぅ!」 と一機が声を上げたのを皮切りに、 「あ〜ずるい! ぼくだよぉ!」 「違うよ、ぼく!」 「ぼくだってばぁ!!」 とたちまち大騒ぎになってしまった。 こうなると子供が歓声を上げて群がっているようなものである。 「おいっ! 本当はどいつなんだよ?!」 オイルを抱えて守りながら声を張り上げるサイトーの後ろから、 「無駄だよサイトーさん。ぼくたち定期的に並列化するから、もう誰がどれとかわかんないんだよね」 と、一機のタチコマがサイトーの肩に手を掛けて言った。 「そうなのか? だが、バトーはいつも……」 「バトーさんは特別」 「そうそうバトーさん専用機は特別なの」 「そうか……」 釈然としないながらも、いつも熱心にタチコマの相手をしているバトーを思い浮かべ、一応納得する。 「……じゃあ、こいつはバトーに返すか」 手の中のオイルを見下ろして呟く。 「えぇ〜〜〜〜?!!!」 一斉に不満そうな声が上がるが、 「じゃあな」 と、サイトーはあっさりハンガーを出て行ってしまった。 「あ〜〜……残念!!」 サイトーの後姿を見送りながら、タチコマ全員ががっくりと肩(?)を落とした。 (慣れないことはするもんじゃねぇな) 廊下を歩きながら、手の中の天然オイルのボトルを宙に放り上げ、受け止める。 『タチコマにやるのか?』 バトーの声が脳裏によみがえる。 『ああ、その、一応助けてもらったし……入院中ずっと気になってたからな』 『ふうーん。タチコマにねぇ。まあいいけど』 にやにやと笑いながらもオイルを一本くれたバトー。 あの時は、似合わないことを言い出したなと思われたのだと受け取ったのだが、どうやら違ったらしい。 (クソッ、見分けがつかないってわかってたらこんなこと……) 今更ながら照れくさくなってきて、サイトーは大きくため息をついた。 (やっぱりAIに感情移入するなんて柄じゃねぇよ) 隻眼のスナイパーは、宙でくるくる回転するボトルを見つめながら、今度はバトーに何といってこれを返したものかと悩み始めた。 |
当サイトで初めて、タチコマちゃんをまともに登場させてみました♪
あいかわらず武器やヘリやなんかの設定がテキトーなわけですよ。
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