完全看護態勢



 サイトーはさっきから何度目かの頭痛をまた感じ、ぐっと目をつぶってそれをやりすごした。
 今朝方、トグサがいま巷で猛威を奮っているたちの悪い風邪についに罹ったとの連絡があり、嫌な予感が頭をよぎったことを思い出す。
 サイトーは昨日は一日中、トグサとバトーと共に偽装バンに缶詰になって張り込みをしていたのだ。
 まさか、とその考えを振り払い、デスクの引き出しを開けて鎮痛剤を出す。
 最近、張り込みだ何だと外の任務が続き、ろくに寝ていない。きっと寝不足なだけだ。
 サイトーは自分に言い聞かせ、錠剤を口に放り込んでコーヒーで流し込んだ。

 普段生身であることに不便を感じることはないが、こういう時には義体の人間が羨ましくなる。どんなに気をつけていても、生身のサイトーやトグサは年に何度かウイルス性の病気の脅威にさらされ、運が悪ければ感染してしまう。トグサの感染経路は言わずもがな、子供たちのどちらかだろうが、サイトーはそんなトグサ経由で感染することが多い。特に、最近のように疲れているときなどは。

 治まらない頭痛に、サイトーはパソコンのモニターの前で小さくため息をつく。時間を見ると昼前だったが、サイトーが錠剤を口にしたのはこれで三度目だった。
 この報告書を仕上げたら、午後から荒巻に付いて総理官邸に行くことになっていた。いつもはその任務を負っている素子が、今日は朝からダイブルームに籠もってどこかに潜ったまま、まだ帰ってこないのだ。

「サイトー」
 不意に声をかけられ、びくりと身体が過剰に反応する。やはり変調が始まっているらしい。
 振り向くと、同じくデスクに座ったパズが難しい顔をしてこちらを見ていた。
「体調が悪いんじゃないのか」
「なぜ」
 ポーカーフェイスを装って問い返すが、この男相手に通じるものではない。
「さっきから手が止まってるぞ。それに薬、飲みすぎだろ」
 やはり見られていたらしい。
「何でもない」
「何でもないってことはないだろうが」
 パズが立ち上がる。
 ああ、とサイトーは顔をしかめた。またお節介を焼くのか、この男は。
「おい、そんな顔するな」
 その表情にパズは苦笑すると言った。
「医務室に行くぞ」
「何で」
「ひどい顔色だぞ。それで隠してるつもりか?」
「……」
 いくらポーカーフェイスでも、体調の悪さで蒼ざめた顔色までは隠せない。
 サイトーは仕方なく、立ち上がった。

 立ち上がって歩き始めた途端、踏み出した足が何か柔らかいものでも踏んだように頼りなく揺れた。視界も揺れて気持ちが悪い。
 一瞬立ち止まったサイトーは、次の瞬間はっとしてパズを振り向いた。
「ついてくるな」
 あきれるほど自然な仕草でサイトーの腕をとったパズの手を振り払う。無意識にうっかり寄りかかるところだった。
「ふらふらしてるぞ。歩けるのか」
「当たり前だろ。まさか医務室までついてくるつもりか?」
「おれの義務だからな」
「保健係かお前は」
「お前専属の保健係だ」
 にやりと笑ったパズは、
『たまには甘えろよ』
と電通でささやくと、またそっと腕をとろうとする。
『こんなところで甘えられるか。どこだと思ってる』
『セーフなら甘えるもんな』
『……ばっ……!』
 かぁっと頭に血が上り、サイトーは思わず声を出した。
「馬鹿野郎!」
 怒鳴ってパズの手を振り払った瞬間、ぐらりと視界が回り、膝から力が抜けた。
 ふらりと倒れかけて。
 結局、パズに抱きとめられた。

「畜生……。お前が病気のときはお姫様抱っこして医務室に放り込んでやる」
 パズに肩を抱かれ、寄りかかってふらふらと歩きながら、サイトーはぶつぶつ文句を言っている。
 パズはくっくっと可笑しそうに笑って言った。
「おれは風邪は引かないし、お前がおれを持ち上げるのは無理だ」
「じゃあバトーに頼んで抱っこしてもらってやる!」
「はいはい。そうしてくれ」
 宥めるようにサイトーの肩を叩く。

 医務室に着くまでの短い間、パズは楽しく考えを巡らせた。
(今日は総理官邸にはおれが代わりに行くとするか。夜はおれのセーフに連れて帰って何か食べ易い温かいものでも作ってやろう。弱ってるから夜の方は我慢だが……いや、ちょっとは無理させた方が発汗していいかもしれんな。部屋をしっかり暖めておいて、熱い風呂に放り込んでから……。まてよ、病気の時は気が弱ってるから、いつもはできないようなことをさせてくれたりして……。滅多にない機会だからな、楽しませてもらうとするか)
 勝手な計画を練って怪しくほくそ笑むパズの隣で、サイトーはぞくぞくと寒気を感じて身体を震わせた。



 今回は「PAUSE」の後藤さんよりいただいたリク「風邪をひいたサイトーさん」に基づき書かせていただきました。リクエストありがとうございました♪
 看病より自分の欲望優先のパズ。無茶させられたサイトーさんは当然治りが遅くなり、パズは後日サイトーさんにがっつり叱られるのでした。
 って、アレ? 後藤さんからは「風邪を隠すポーカーフェイスのサイトーさんと、それでも気づくカッコイイパズさん」というリクだった気が・・・。途中からおかしくなってますね(笑)


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