真夜中のエルボー


 暗闇で突然背後に人の気配を感じ、サイトーはぎょっとして目を覚ました。
(侵入者か?)
 重い義体の腕が自分の首に回され、絞められる、と思って咄嗟に枕の下の銃を手で探った。
(銃がない……!)
 手のひらが冷たいシーツを空しく撫でる。
 焦ったサイトーは首に絡み付いてくる義体の腕を力一杯振り払い、渾身の力を籠めて肘を相手の顔の辺りに突き出して……

「――ぅあっ!」
 がつんという手ごたえと同時に聞きなれた声が上がり、サイトーはハッとして今度こそ本当に目が覚めた。
 見慣れない薄暗い部屋。身体の下には柔らかなベッドの感触。
「いっ……てぇ……」
 ベッドの隣にうずくまって呻吟しているのはパズである。
 ――……パズ? どうしてここに? いや、ここは……?
 まだはっきりしないサイトーの頭は一瞬混乱する。
「あー……さすが元軍人。効いたぞ……」
 顔をしかめて頬骨を擦りながら、パズが身体を起こした。
「おれと寝てる時くらい気を緩めろよな」
 ぽかんとしているサイトーの顔を見たパズは苦笑して、手を上げるとサイトーの頭をくるくると撫でた。
「いつもそうやって警戒して寝てるのか? 野生の動物みたいだよな」
 そう言われたサイトーは、昨晩、パズと二度目の夜を迎えたことをやっと思い出し、ついでに他にもいろいろ思い出して、たちまち顔に血が上るのを感じた。

―――

 夜明けまではまだもう少し時間があるようだ。
 今度は大人しくパズの腕に抱きこまれたサイトーは(痛かったんだぞ、と頬を押さえて訴えるパズから逃げられなかったのだ)、再び眠気が襲ってくるのを感じながらぼんやり天井を眺めた。
 パズは一度目の夜に約束した通り、今回はかなり高そうなマンションにサイトーを招いた。どの部屋も広く贅沢な造りだ。とはいえ結局サイトーがきちんと見たのは浴室と寝室だけで、後は素通りしただけで満足に見回す余裕もなかったのだが。

 柔らかな広いベッド。肌触りのよいシーツ。密着したパズからは清潔な石鹸の香りが漂っている。
『野生の動物みたいだよな』
 ふと、パズの言葉を思い出す。
 昔、傭兵暮らしをしていた頃とはここはまるで対極の環境だ。あの頃は寝ている時も気を緩められなかったし、いつも暑いか寒いかのどちらかでぐっすり眠る環境なんてなかったのだ。
 何よりも、あの頃は常に独りだった。狭い場所に何十人もの兵隊とすし詰めで寝ていようと、時々サイトーに手を出そうとする輩が居ようと(もちろん全て撃退したが)、誰に頼ることもなくいつも自分で自分の身を守るために神経を研ぎ澄まして寝ていた。

 隣で寝息をたてているパズの顔をそっと窺う。
 同じベッドに他人と一緒に寝るなんて、想像したこともなかった。もちろん女と寝たことがないわけではないが、用事が済めばいつもさっさと帰るようにしていたし一人で眠るのが習慣になっていたから、朝まで一緒に居ろとパズに言われた時、多少抵抗もあったのだ。
(でも、きっともう朝まで居ろとは言われないだろう)
 さっき寝ぼけてパズを肘で殴り飛ばしたことを思い出しながら小さくため息をつく。
 ここがもし自分のセーフハウスで、いつも通り枕の下に銃があったらパズはただでは済まなかっただろう。
(まあ、次があるかどうかもわからねぇしな)
 そう考えたところで、ふと気が付いた。
(……前回もこんなこと考えなかったか? おれは)  
 パズとこうして一緒に過ごすたびに自分は次の心配をするんだろうか、と思うと何だか無性に可笑しくなって、サイトーは思わず口の端を上げた。

 その時、不意にパズがもぞもぞと動いた。
「……眠れないのか? サイトー」
 眠そうに呟くと、抱き込んでいるサイトーをさらに引き寄せ、おざなりに額にキスをした。
「この部屋で眠れないとなると……どうするかなぁ……。落ち着かないなら、次はお前のセーフでもいいし……おれはどっちでも……」
 パズは目を閉じたままサイトーの耳元で囁いていたが、最後の方はむにゃむにゃという聞き取れない呟きになり、また寝息にかわった。
 息苦しいほどに抱き込まれたサイトーは少し身じろぎして呼吸を確保すると、
「……べつに、次も、ここでいい」
と、パズに聞こえないよう小さく呟いた。

 耳の中ににふーふーと吹き込まれるパズの寝息を(うるせぇ……)と思いながら、サイトーは、少しだけ警戒を解いて目を閉じた。


 どうなの、この題名・・・!(笑)                                                  


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