えごいずむ
木枯らしの吹く寒い日のことだった。 サイトーとパズは張り込みと聞き込みのため、今朝からずっと住宅街の一角に車を停めていた。 「駄目だな。やつは三日前から家に戻ってないそうだ」 聞き込みから戻り、車に乗り込んだパズは助手席のサイトーにそう告げるとドアを閉めた。 パズと共に外気の匂いと冷気が暖かな車内に吹き込み、留まった。 「またハズレかもしれんな」 煙草を取り出しながら言ったパズは、 「ん」 という相棒の短い返事に、隣に目をやった。 助手席に深々と座り、足を組んだサイトーは口いっぱいに何か頬張っている。 「何だ、もう晩メシか?」 「いや」 サイトーはじっと前方を見つめたまま、もぐもぐと口を動かして首を振った。張り込みの対象が住んでいるアパートの二階を見つめているのだ。 「まあ、昼メシを食い損ねたからな。確かに腹が減った」 「ん」 「何食ってるんだ?」 「……」 パズがそれ以上答える気がないらしいサイトーの手元を覗き込むと、透明の袋に入ったパンが見えた。袋に大きく、「あんぱん」と書いてある。 「おやつか? 珍しいな。あんこ苦手じゃなかったのか?」 「ん」 どっちともつかない返事をしたサイトーは、やっと前方から視線を外すと、袋をがさがさといわせながら食べていたアンパンを取り出した。両手でパンを持つと、おもむろに半分に割る。 そこで、ちょっと左右の手の中のパンを見比べたサイトーは、何事か考え込んだ後で、片方をパズに差し出した。 「ほら」 「いいのか?」 「ああ」 「すまんな」 言いながら受け取ったパズは、サイトーの膝の上からパンの入っていた袋を取って一応確かめる。「生体・義体共可食」と書いてあるのを見て、むっつりと食べていた相棒の心境を察した。 こう書いてある食べ物が美味かったためしはない。きっと間違って買ったか、9課の誰かの差し入れだろう。 そう結論付けたパズは、早速もらった半分のパンを口に入れようとして、ふと手を止めた。 ずっしりと重い。 手元を見つめたパズは、ちょっと片眉を上げた。 (……) 手の中のパンには、黒々としたあんこがぎっしりと詰まっていた。 サイトーの手の中を見ると、ほとんど白いパン生地の部分である。 「……サイトー、お前……」 「ん?」 パンを口に持っていったサイトーは、むしっと噛み千切りながらこちらを振り向いた。ぽろぽろとパン屑が膝にこぼれる。 その表情には悪びれた様子は微塵もない。 「いや……」 その顔を見たパズは開きかけた口を閉じると、自分も手の中のパンを齧って口に入れた。 サイトーは悪気は無いに違いない。 割ったパンを吟味したように見えたのはきっとあれだ。 よかれと思ってあんこの多い方をくれたってだけだ。 おれも甘いものが苦手ってこと、忘れてるだけだよな。 きっと。 口いっぱいに広がる甘いあんこを噛み締めながら、パズは窓の外の冬景色と同様、自分の胸にも木枯らしが吹く音が聞こえた気がした。 |
出来ちゃう前のふたり、パズさん片想い中のイメージです。
エゴイストといえばパズさんですが、今回はサイトーさんがささやかにエゴを発揮。
でも悪気はないのですよ、きっと。
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