公安9課狂詩曲 C
サイトーは銃を入れた鞄を担ぐと、射撃場を出てエレベーターで階上へ向かっていた。 今日は確か、パズも自分も仕事が終わる時間が同じはずだ。昨日のことを理由に、パズに奢らせて今夜は美味しいものを食べに行こう。 パズの女癖は治らないものと諦めてはいるが、はっきり女と遊んできたと判るとやはり気分のいいものではない。女を口説いたその舌の根も乾かないうちに自分に甘い言葉を囁くのかと思うと、言い知れぬ嫌悪を覚えるのはどうしようもないのだった。 (女々しい……のか?) 自分でも醜い嫉妬だとは思うが、それでも悪いのはパズだと自分に言い聞かせる。 今日はキスで誤魔化したと思っているだろうが、二度と浮気をする気が起きないほど思い切り豪華な食事を奢らせてやろう。 ぽん、と目的の階に到着した音がして、エレベーターの扉がゆっくり開く。 パズのやつ見てろよ、と勢い良くエレベーターを降りたサイトーの電脳に、突如悲鳴が響き渡った。 『旦那ぁ助けてぇ! パズに襲われるぅ〜!!』 トグサの声だ、と思うより先にその内容に反応したサイトーは、無意識のうちに駆け出していた。 途中、誰かとすれ違ったような気がするが、目に入らなかった。何か言われたような気もするが、もちろん耳にも入らない。 あっという間にロッカールームに辿り着く。 ガンッ!とロッカールームの扉にサイトーが拳を叩きつけるとセンサーがびっくりしたように反応し、勢い良く扉が開いた。 そして。 裸のトグサ。 その腰を抱きしめるパズ。 パズはトグサの顎に手をかけていて。 今にも泣き出しそうなトグサは明らかに逃げ腰で。 室内の光景を目の当たりにし、サイトーの理性は完全に吹き飛んだ。 ――― イシカワは、悲鳴を聞きつけたバトーと共にロッカールームへ向かっていた。 「なあイシカワ、いまトグサ、何て言ってた??」 早足で歩きながら、バトーが混乱したようにイシカワに尋ねる。 ハンガーから飛んできた割には、バトーの脳は理解を拒んでいるらしい。 「行ってみりゃあ、わかるだろ」 行かなくても知っているイシカワは、こっそりため息をついた。 先程、自分の身体に『戻った』素子は、 『はい、お仕置きおしまい。じゃ、あとよろしく』 と言うなり、さっさとどこかへ行ってしまったのだ。 (火種を蒔くだけ蒔いておいてあいつは……) と、その時。 うしろから、カッカッというひどく急いた足音が聞こえてきて。 「お、サイトー」 バトーが後ろを振り返って呟いた。イシカワもぎくりとして振り向く。 後ろから恐ろしい勢いで走ってきたのは確かにサイトーだ。 「サイ……!」 びゅん。 バトーとイシカワの間を一瞬で駆け抜けたサイトーは、中途半端に手を上げた格好のイシカワを置き去りにして瞬く間に廊下の向こうへ消えていった。 「やばいぞ! 急げ、バトー!」 少佐の狙いはこれか、と苦々しく思いながらイシカワもバトーを急かして駆け出した。 二人が辿り着いた時、一度開いたロッカールームの扉が閉まるところだった。 バトーが扉に手を滑り込ませ、二人で室内に飛び込む。 部屋の奥に裸のトグサと蒼い顔のパズ。手前にはサイトーが仁王立ちになり、肩から提げた鞄から何かを取り出すところだった。 その手には、銃。さっき射撃練習に使っていたものだろう。 イシカワは咄嗟にサイトーに飛びついた。 「バトーも、止めろ!」 室内のあまりの状況に、さらに脳が理解を拒んでいるバトーを蹴り上げて正気に戻す。 「ハナセ」 サイトーは無表情に言うと、イシカワの手を振りほどいて弾を補給しようとする。実戦でもなければ持ち歩く時は基本的に弾は抜いておくのだが、それが幸いしたらしい。 「サイトー、落ち着け」 「チョット、ぱずニ、イッパツブチコムダケダ」 両手にぶら下がるイシカワとバトーをものともせず銃を扱いながら、棒読みで喋るサイトーの顔が無性に恐ろしい。 部屋の奥で、パズが震え上がっている。 「いやいや、ぶち込むだけって!」 「ぶち込んだらそれでお仕舞いだろーが!」 「パズ! さっさと逃げろ!」 「トグサは頼むから早く服を着てくれ!」 二人がかわるがわる叫ぶ中、着々と弾を装填するサイトー。 その隙にとパズが素早く部屋を回りこんできて扉に飛びついた。さっと開く扉から脱兎のごとく逃げ出す元凶。 「イシカワ! おい手を離すなよ! サイトーが行っちまったぞ!」 「すまん! サイトーの顔が怖くて手が緩んじまった」 「あ、ボーマ! サイトーがそっちに行った! 捕まえろ!」 「あれ、サイトー怖い顔だね。どうしたの?」 「電通聞いてなかったのかよ! 捕まえろって!」 「え、電通? だって今からおれピザ食べるところだし」 「ピザはいいから止めろよ!」 「はいはい。サイトー、こっちでピザ食べよぉピザ! ほーらチーズが美味しいぞう!」 「そんなもんで止まるかよ! あ、少佐! サイトーを止めろ!」 「あら、サイトー。いやん押さないで」 「何がいやんだ! メスゴリラのくせ……ぐぁっ! 危ねぇ撃つなよ!」 「よしサイトー、私が援護するから行け! 馬鹿パズに天誅をくらわせてこい!」 「ちょっ……! なにツーマンセル組んでるんだよ少佐!」 「あぁぁー! 行っちまう! パズが殺されるぞ!」 ――― その頃、適当な部屋に飛び込んだパズは、扉の向こうからサイトーの靴が刻むカツカツという規則正しいリズムが着実に近づいてくるのを、震えながら聞いていた。 今後一切サイトー以外には手を出さない。 仕事は真面目にやる。 だから、だから……誰かサイトーを止めてくれ。 パズの真剣な祈りは、しかし届かなかった。 (了) |
このSSは『PAUSE』の後藤さんからいただいたリク 『のろけすぎたパズに素子がヤキを入れる(一日再起不能になるくらい)』 に基づいて書きました。
ちょっとリク内容と変わっちゃった・・・かな?(笑) でもダメパズを書くのは楽しかったです♪ リクエストありがとうございました!
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