楽しいクリスマスをあなたと




 人通りの多いにぎやかな街の大通りで、アズマは女性を連れて歩くヤノの姿を見つけた。

 12月25日、クリスマスの日の夕方。
 騒がしいクリスマスソングに顔をしかめ、道行く幸せそうなカップルを忌々しい思いで掻き分けていた仕事帰りのアズマは、見知った顔を見つけるなり、我知らずふたりを食い入るように見つめていた。
(結構普通の女だな。……まあ、可愛いっちゃ可愛いけど)
 ヤノの彼女は保育士だと聞いたことがある。精一杯のおしゃれをしたらしいその女性は、その割りに化粧っ気が薄いためか幼い印象ではある。だが、きらきらした瞳でヤノに微笑みかける笑顔には普通の男なら抗いがたい魅力を感じるもので。
 笑みを返すヤノの嬉しそうな顔。
(ちぇっ)
 アズマは視線をふたりから無理矢理引き剥がすと、両手をポケットに入れてまた歩き始めた。


―――

 その前々日、9課のロッカールームではトグサが家族で迎えるクリスマスというものについて、独身男らを前に自慢げに語っていた。
「今朝クリスマスツリーを出してきたんだけど、子供らは大喜びだよ。朝から騒いで大変でさぁ」
「ツリーは明後日でいいんじゃないのか」
 今日はまだ23日だぞ、と真面目に意見したのはサイトーである。
「何言ってんの」
 これだから独身男は、と憎々しいまでの余裕をみせて肩をすくめるトグサ。
「クリスマスは明日のイブから始まってるんだぜ。明日、ちゃんと明かりを入れて飾れるように、今日は家族みんなで飾り付けをするんだよ。子供らにやらせると結構時間かかるしな」
 なるほどな、と素直にうなずくサイトーに、
「そんなに真面目に聞くな」
と、後ろからパズがそっと囁く。
「そうそう。ただ家族自慢がしたいだけなんだよ、このパパは」
 イシカワがからかうように口を挟んだ。
 後ろで、こっそり電脳上の『トグサメモ』を立ち上げて『ツリーは前々日に準備』とメモをしたバトーは、今度はネットを立ち上げて自分のセーフに飾るツリーの検索を始めている。トグサには25日の夜の約束はちゃんと取り付けてあるのだ。
「そういや、ヤノもイブは彼女とデートか」
 イシカワに声をかけられ、ヤノが恥ずかしそうに顔を上げる。
「ええ、まあ、仕事の後に」
「そういえば明後日非番だったよな、ヤノ」
「おう、前日から泊り込みで仲良くすんのかぁ? 羨ましい限りだな」
「次の日の仕事に響かねぇようにほどほどにしとけよ」
 男共から次々にセクハラめいたことを言われ、ヤノがたちまち真っ赤になる。

 それを、アズマはつまらなそうに見つめていた。
 ご老体のイシカワはともかく、バトーはトグサと、パズはサイトーと、そしてヤノは彼女と、それぞれ楽しいクリスマスを過ごすのに違いない。少佐とボーマと課長は、出張で外国に行っている。ヨーロッパのクリスマスはさぞやにぎやかだろう。
(なんだよ、独りモンにとっちゃあクリスマスなんて行事、鬱陶しいだけだっての)
 口を結んで黙々と着替えをしながら、アズマはこっそりクリスマスを呪った。


―――

 コンビニエンスストアに入ったアズマは、適当な雑誌を手に取ってめくる。
 こんな日に限って仕事が早く終わるのだ。時間があってもすることがない。
 友人の誰かを誘って飲みに行くことも考えたが、もし相手に予定があれば自分がみじめな思いをするだけだ。
 雑誌をめくっても目に付くのがクリスマス特集の記事ばかりで、アズマはすぐに飽きて棚に戻した。『まだ間に合うクリスマスプラン』『女性の喜ぶ店をネットで今すぐ予約!』などどいわれても今はいやみにしか感じない。さっき見かけた二人をふと思い出し、アズマはまた舌打ちをした。
 その時、
「アズマ」
と真後ろから声をかけられ、アズマは驚いて振り向いた。

「やっぱりアズマだ。今日は早かったんだな」
 はあはあと息を弾ませながら後ろに立って笑っていたのは、さっき彼女と歩いていたはずのヤノである。
「ヤノ?」
 驚いてきょろきょろとあたりを見回すが、彼女の姿はない。
 アズマの視線の意味を察して、ヤノが苦笑した。
「彼女はもう帰ったよ。さっき駅に送って行った」
「そ、そうか」
「な、今から飲みに行こうぜ、アズマ」
 ヤノはアズマの背中を叩くと、言った。
「昨日は失敗。高級過ぎてコース料理がぜんぜん喉を通らなくてさぁ。ワインの味とかさっぱりわかんないし。居酒屋でビールが飲みたいよ」
 ため息をつくヤノの顔を、アズマはまじまじと見つめる。
――もしかして、馬鹿にされてんのか? おれ。
「……おれも、別にヒマってわけじゃねえぞ」
 少し悔しくなり憮然として言ったアズマに、
「あれ、そうなのか? さっきアズマを見かけたから、急いで戻ってきたのにな」
と、ヤノは驚いたように言った。
「おれも今日は非番だったし、アズマも珍しく早く終わったみたいだったから、ゆっくり飲めると思ったんだけど……。そっか、予定があったんだな。ごめんな」
 心底残念そうに言って、じゃまた明日な、と肩を落として立ち去っていくヤノを、アズマは呆然と見つめていた。そういえば、さっきアズマに声をかけてきた時、ヤノが息を弾ませていたことを思い出す。
――あれ? からかいに来たわけじゃねえのか?
 アズマは店を飛び出し、通りを去っていくヤノの後姿へ慌てて声をかけた。
「ちょ、ちょっと待てよ!」
 振り向いたヤノの肩へぐるりと腕を回し、
「しょーがねぇなあ。今日は付き合ってやるよ」
「アズマ……」
「気取ってフルコースとか予約するようじゃあ、まだまだお子様だな」
 アズマは何か言いかけるヤノを遮り、にやりと笑ってみせる。
「おれがじっくり女の扱いを教えてやるよ」
「……そりゃ、どうも」
 アズマの言葉に、さっき言いかけたことを飲み込んだヤノは、にっと笑みを返してきた。
 そのヤノの表情はさっき彼女に向けていた笑顔と同じもので。
「さ、行こうぜ♪」
 単純なアズマはすっかり気を良くしてヤノの肩をしっかり抱き寄せた。

 さっきまで耳障りだったクリスマスソングが、調子のいいアズマの耳にいつしか祝福の曲となって聴こえてきていた。

 ♪We wish you a merry Christmas
   We wish you a merry Christmas
   We wish you a merry Christmas
   And a happy New Year・・・

                                                  


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