Merry Christmas Mr.Saito




 目の前に巨大なもみの木がそびえている。クリスマスツリーとしてはまだ飾りつけの途中で、青々とした葉は夕暮れの空の下できらびやかな装飾が施されるのを待っていた。
 木の周りにはたくさんの作業員が集まり、梯子をかけて飾り付けをしている人々がまるで小人のようだな、とパズは思いながらその光景を眺めていた。
 きっと今夜には明かりが灯るだろう。


―――

 12月のある日のことだった。新浜市内から出ないという条件付きでやっと休暇がとれ、パズは久しぶりに仕事以外の用事で街へ出てきたのだった。
 世間もちょうど休日だということもあり、どこも人が多かった。車で出ると停めるところに困るだろうと思い徒歩で出てきたのだが、人込みに揉まれ、肉体的にはともかく精神的にすっかりくたびれてこの駅前広場のベンチに辿り着いたのだった。
 パズはため息をつくと、煙草を取り出して火をつけた。

 明るい女性の声に目を上げると、カップルが向こうで何やら楽しそうに談笑している。男性が女性に何かを渡し、女性は嬉しそうに何か言うと笑った。そういえば、この光景を見るのも今日は何度目だろう。
 世間はすっかりクリスマスムード一色だ。
 先日、女性からそれとなくプレゼントをねだられ、(そういえばクリスマスが近いな)と思ったのを思い出す。パズの季節感は――特にクリスマスやバレンタインなどのイベントは常に女性によって喚起されるのだ。

 サイトーはどうなのだろう、とパズはこういうイベントには無縁なスナイパーを思い出す。
 以前、バレンタインデーの日にトグサの妻がチョコレートケーキを焼いてくれて、トグサが皆に配ったことがあった。『どうせみんなチョコレートなんかもらってないだろ』と、妻帯者の余裕をみせて配っていたトグサにサイトーが『なぜチョコレートを?』と真面目に尋ね、9課全員でのけぞったものだ。
 流石にクリスマスは知っているだろう、とパズは苦笑しかけ、
(……知って……るよな?)
 急に自信がなくなってきた。
 試しにパズは、『メリークリスマス!』と言っているサイトーを想像してみた。
(……!)
 ものすごい違和感にぞっとする。
(いやいや、今のはシチュエーションがありえねぇな)
 首を振り、次に、『クリスマスには七面鳥だよな』と言うサイトーを想像してみる。
 これもちょっと違和感がある。大体、七面鳥なんて知ってるのか、あいつ。
 次はちょっと別の角度から攻めてみよう。
 パズは脳内のサイトーに、サイトーが持っている中で一番いい服を着せ、『クリスマスの晩メシはレストランのディナーがいい』と言わせてみた。
 やはりひどく違う気がする。『ディナー』という単語も似合わない。
 パズは脳内のサイトーが少し寒そうだったので、いつもの黒いコートを着せ、首にマフラーを巻いてやった。暖かそうになり、思わず口の端が上がる。
 そのサイトーに、『今日は寒いな』と言わせてみると。
 やっといつものサイトーらしくなった。
 らしくなってきたサイトーに、次は何を言わせてみようか。
 いつのまにかパズは、サイトーの着せ替えとアテレコに夢中になっていた。


―――

『パズ』
 電通が入り、ハッと我に返ると、既に日は落ちて辺りは薄暗くなっていた。
 ちょうど脳内のサイトーの服を一枚ずつ脱がせていたパズは、当の本人からの電通に一瞬焦る。
『よ、ようサイトー。仕事終わったのか』
『今、張り込みを交代したんだが、今日はもうこのまま帰ろうと思ってな』
『いまどこにいる?』
 サイトーから返ってきた住所は、パズの今いるところからすぐ近くだった。
『おれも外にいるんだが、合流して飯でも食いに行くか』
『ああ』

 サイトーは本当に近くにいたらしく、いくらも待たないうちに姿を現した。
 そのとき、近づいてきたサイトーの周りが、急に明るくなる。
「すごいな」
 サイトーが呟いて上を見上げ、パズも一緒にそちらを仰いだ。
 パズがぼんやりしている間に飾りつけが完了したクリスマスツリーが、今年初めての輝きを纏ったのだ。
「そういえば、もうクリスマスが近いな」
 さっきパズが脳内で着せていたコートを着て、またたくイルミネーションを見上げているサイトーを見て、パズは思わず微笑む。
 パズは自分のマフラーを外し、(今度は想像ではなく)サイトーの首に巻いてやった。
 サイトーはちょっと目を瞬いたが、特に嫌がる様子もなく素直にマフラーを巻かれながら言った。
「今日は寒いな」
 白い息がパズの顔に優しくかかる。
「……」
 しばらくサイトーをじっと見つめていたパズは、何を思ったか数歩下がると、
「サイトー、ちょっと頼みがあるんだが」
と言った。
「何だ?」
「『メリークリスマス』って言ってみてくれないか」
「はぁ?!」
 サイトーが目を剥く。
「できるだけ楽しそうに頼む」
「何言ってやがる」
「いいから」
「よくねぇよ」
「実際どうなのか見てみたいんだよ」
「はぁ?! 意味がわからん」
「『七面鳥が食いたい』でもいい」
「いや、だから意味がわかんねぇって!」
 呆れているサイトーの後ろで、クリスマスツリーがきらきらと瞬いている。

 意外と似合うもんだな、クリスマスとサイトー。

 ツリーとサイトーを眺めながら、本当にレストランを予約しておくかな、とパズは思った。

                                                  


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