パズのろくでもない一日   〜夜編〜




 夕方から降りだした雨は、夜には叩きつけるような激しい雨に変わっていた。

 自分のセーフハウスで、パズは相変わらずタバコを勢いよく煙に変えながらまだ悶々としていた。
 サイトーとはまったく連絡が取れないままだ。

 今頃、あいつは何をしているのだろう。昨日のおれのように他の女と一緒にいるのか? だが、今朝のあいつの反応からしてそれはないだろう。
 トグサかボーマあたりをつかまえて飲みながらおれのことを愚痴ってるのか? いや、サイトーの性格上それもなさそうだ。大体、おれたちの関係は皆に薄々気づかれてはいるだろうがまだおおっぴらにはしていないのだ。

『パズ』
 突然、電通が入って飛び上がった。
『バトーか。どうした』
 動揺を声には出さず、返事をする。
『いまセーフか』
 のんびりした口調からして、緊急ではなさそうだ。
『ああ』
『今日、サイトーと何かあったのか?』
 思わぬ相手から、たった今思い悩んでいた相手の名前が出てぎくりとする。
『なんだ、いきなり』
『何かあったのかって聞いてんだ』
『だから何なんだ』
『ったく』
 このままでは会話にならないと思ったのか、バトーはストレートな言葉に切り替えた。
『サイトーがな、今、うちにいる』
『……』
 パズは思わず絶句した。
『パズ、聞いてんのか』
『あ、ああ』
『帰りにたまたま一緒になってな。ふたりで飲みに行って、そのままうちに来てる』
『そうか』
『何も言わねえんだが、尋常じゃない量の酒を飲むんでな。お前と何かあったんじゃないかと思ってよ』
『……』
『かなり酔ってるが、迎えに来るか』
『どうしておれが』
『来ねえなら抱くぞ』
『……』
 唐突なバトーの台詞に、パズは一瞬凍りつく。
『いいのか?』
『おい、バトー、お前トグサは』
『今はサイトーの話をしてるんだぜ』
 バトーは淡々と続けた。
『さっきも言ったがかなり酔ってるから、抵抗される心配はなさそうだ。帰りにびしょぬれになってうちでシャワーも浴びたしな。丁度いい』
『……なんだって?』
『こいつ、意外と肌が柔らかいな』
『おい、ちょっと待て。どこ触ってやがる』
『生身は抱き心地が良いんだよな。そうだろ?』
 サイトーの上気した顔が脳裏をよぎって動悸が早くなる。
『おい! 冗談はよせ!』
『冗談? ……まさか。子供じゃあるまいし』
 バトーの声が一段と低くなる。
『こいつ、首筋が弱点か? 反応が可愛いな』
 舌なめずりをせんばかりのバトーの台詞に、パズは頭がかっと熱くなるのを感じた。
『よせって! 何してる!』
『何をしてると思う?』
『やめろ! おれの』
『おれの?』
『……』
『目が潤んでるぜ。すげえ煽られるな』
 バトーがサイトーの上に覆い被さる光景が浮かんで、思わず叫んだ。
『やめろ! おれのサイトーに触るんじゃねぇよ!』

 電通の向こうで、バトーが派手に吹き出した後、可笑しそうにくつくつと笑う声がした。
『で? 来るのか? 来ねぇのか?』
 ……からかわれたのか。
 頭に昇った血がたちまち引いていき、パズは思わず浮かせた腰をゆっくりソファに沈めてため息をついた。
 クソ、こんな手に引っかかるか? おれとしたことが。……何なんだ今日は。
『驚かせるなよ……すぐ行く』
『そうしな。飲みすぎてぐうぐう寝てるから、お前んとこで寝かせてやれ』
 バトーの声がいつものトーンに戻っている。
『サイトーは言おうとしねぇが、今日のお前の体たらくを見たら昨日何があったか大体わかるっての。こいつを大事だと思うんなら、お前ももうちょっと考えて行動しろよ』
『む……』
 サイトーを大事に思うなら? 当たり前だ。誰より大切に思ってる。
 ……じゃあ、サイトーは?
 パズはバトーから送られてくるマッピングの位置を確認しながら上着を取ろうとして、一瞬手を止めた。

 おれはサイトーの気持ちを考えてたか?
 サイトーもおれを大切に思ってくれてるとしたら?
 おれが他の奴と寝るところを想像して、サイトーが平気だと思ってたのか? おれは。
 さっきバトーがサイトーに覆い被さるのを想像したとき、おれは何と言った?

 パズは、今日一日悩んだのにこんなことを考えもしなかった自分に驚いた。
『……サイテーだな、おれは……』
『おれが連絡するまで、自分が悪いと思ってなかっただろ?』
『……そうかもな』
 鋭いバトーに図星をさされ、苦笑するしかなかった。
 今日一日おれは、自分のしたことを正当化するためのろくでもない思考に、どっぷり浸かっていただけだったらしい。

 電通の向こうでバトーがふいにしゃっくりのような声を上げた。
『サイトーお前……ちょ、よせって! おれだよ、パズじゃねぇって! お、おい、パズ! おれも酒が入ってるからな。理性を保ってるうちにさっさと迎えに来い!』
 バトーは冗談とも本気ともつかない調子で言うと、電通を切った。

 一瞬呆然としたパズは、
(ちょっと待てサイトォォォ!)
 心の中で絶叫しながら上着を掴んで大慌てでセーフハウスを飛び出した。

                                                  


 後からちょこちょこいじったものの、実はこれが初めて書いたパサだったり。
 なんだかんだ言いながら、パズは女遊びをやめられない。それでこそパズ。なのですが、よそのサイトさんと違ってうちのサイトーさんは嫉妬しまくる予定です(笑)
 でも、「べ、別に嫉妬してるわけじゃないからねっ!」てな感じでツンデレなのがサイトーさんの醍醐味だったり。


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