そしてヤノは途方に暮れる





 突然後ろで爆発が起こり、その直後、ヤノは後ろを走っていたアズマと共に爆風で前方へ吹き飛ばされた。

 廃墟の立ち並ぶエリアでの戦闘。ふたりは目標の地点まで、崩れた建物から建物へ身を隠しながら移動している途中だった。
「い……ってぇ……」
 一瞬気が遠くなったものの、自分の呻き声で我に返ったヤノは、自分が崩れた瓦礫の中に閉じ込められていることに気付いた。横たわった状態で大きな瓦礫と瓦礫の狭い隙間に奇跡的にはまりこんでいるらしく、目だった怪我もない。
「アズマ、アズマ」
 小声で一応相棒を呼んでみるが、やはり返事はない。敵が発している妨害電波のために電通が使えないので声を出して呼ぶしかないが、あまり大声を出すと敵に居場所を宣伝することになる。アズマはすぐ後ろを走っていたため、そう遠くにはいないと思うのだが。

 とりあえず身体の上にある瓦礫を押してみる。と、大きさの割にそれは意外に軽く動き、そのままそっと押し上げながら、ヤノは周りの様子を探った。
 爆発後の埃がまだおさまっていないらしい、白く煙る視界を通して、ヤノは百メートルほど離れた廃墟の中に敵の影が動くのを捕らえた。だが、少なくとも見える範囲にはアズマはいないようだ。
 瓦礫をさらに押し上げ、敵に気付かれないよう、反対側に這い出る。ちょうど瓦礫が山を作っていて敵の視界から隠してくれているのだが、一体アズマがこの山のどこにいるのかと思うと、そして敵に気付かれずにどうやって探そうかと思うと、途方に暮れて思わずため息が出た。

 作戦通りに進んでいれば、そろそろ目標地点で他の仲間と合流する時間だ。このままヤノとアズマが合流できなくても作戦は構わず進められるだろうが、バトーとトグサは敵の本拠地へバックアップ無しで突入することになる。
「くそっ。アズマ、アズマどこだ」
 小声で呼びながら瓦礫を移動していると、目の端でちらちら動くものを捕らえて立ち止まった。近づいて見ると、瓦礫の下からアズマの手首が出ており、ヤノを招くようにひらひらと動いているのだった。

「アズマ」
と声をかけると、
「おお」
とくぐもった声が返事を返した。
 どうやら意識はあるようだ。ヤノはほっと息をついて、胸の前で構えていた銃を背中に回し、アズマの上の瓦礫に手をかけた。うん、と力を入れて少し持ち上げ、
「アズマ、自分でも持ち上げられるか?」
と声をかける。
「やってみる」
 返って来た力のない声に、アズマのやつ怪我してるな、と不安が過ぎる。が、下からも加えられた力によってさっきより手ごたえが軽くなり、どうにか一部瓦礫を除けることができた。

 現れたアズマの上半身に、ヤノは顔をしかめた。
 アズマは身体の左側に爆風を浴びたのか、被害はそちらに集中している。まず左腕が千切れて肩口から先がない。左の脇腹も損傷したらしく、赤い擬似体液でぐっしょり濡れている。左足は瓦礫の下に隠れて見えないが、顔の左側も軽く損傷していた。とはいえ、怪我の大半は義体部分らしく、感覚器官も切って痛みのある様子はない。
「わぉ、やられたな」
 一瞬の動揺を飲み込み、軽口を叩く。
「まあな。だけどおれはお前がぴんぴんしてることの方がビックリだ」
 アズマの声には相変わらず力がないが、ヤノの顔を見てほっとしたような表情をし、軽口を返してきた。
「同感だね」
 答えながら、ヤノはアズマの両足の上にある瓦礫をどうやって除けようかと頭を巡らせた。
 アズマの足の膝下に重なっている瓦礫を撫で、手をかけて覗き込む。
「左足には少し隙間があるみたいだけど、抜けそうにないか?」
「左足……ね。ちょっと身体を起こしてくれるか?」
 差し出された右腕を取り、上半身を起こすのを手伝ってやると、アズマは自分の左の腿に右手をかけて引っ張った。
「左の感覚……切ってるんだよ」
 ずるり、と引き出された膝下は損傷はあるものの一応無事に足先までついている。
 ふう、と息をついたアズマは、
「問題は右足なんだけどさ」
と、情けなさそうに言った。
「これ、どう見ても抜けねぇよな」
 確かに、右膝から先を圧している瓦礫は重機でも使わないと動かせそうにない。全身義体の素子かバトーでも居ればどうにかなったかもしれないが、ここにはほぼ生身のヤノと大怪我を負ったアズマしかいない。
「……参ったな、あっちにまだ敵がうろうろしてんだよな。ここにアズマを置いてくわけにもいかないし」
「大丈夫大丈夫。見つからないように大人しくじっとしてるからさ、ヤノは先に行けよ。後で助けを呼んできてくれればいいから」
 こんな時でも楽天的な男に、ヤノは眉を顰める。あるいは、わざと楽天的なふりをしているのかもしれないが、真剣に策を考えていたヤノは苛立った。
「そんなことできるかよ。アズマはちょっと黙ってろ」

 他の仲間と合流するのは諦めたほうがいい。どうせ作戦にはもう間に合わない。それよりも、作戦の始まったドサクサに紛れてジャミング圏内からアズマを連れて出る方が現実的だ。突入時にまず敵の本拠地になっている建物の一部を爆破する予定だから、作戦が始まったらここの瓦礫も爆破の振動で崩れるかもしれない。そうなったら今度はアズマも無事でいられるかどうか。
 そこまで考えて、ヤノはあらためてアズマの右足を見た。ぎゅっと眉を寄せて、ある考えに辿り着く。
「アズマ」
「……なんだ?」
「右足、義体だよな」
「ああ、そうだけど」
「感覚、切れるか?」
 アズマはヤノの顔を見て、自分の右足を見た。ヤノの言わんとすることを察したらしく、みるみる目を丸くする。
「ちょっと待て、ヤノ」
「それしか方法がないだろ」
 背中に回していた銃を胸の前に持ってくるヤノに、アズマは慌てて右手を差し伸べる。
「無理無理無理! 右足ブッちぎって救出って酷すぎねぇ?!」
「感覚を切れ」
 アズマの右手から逃れ、立ち上がったヤノは無表情でアズマの右膝に照準を合わせた。
「た、頼むから考え直せって!」
「切ったか?」
 アズマの懇願を無視して、ヤノは引き金に指をかける。
「……ああもう! 切ったよ! くそっ!」
 自棄気味に叫んだアズマの右足めがけて、ヤノは数発、銃弾を叩き込んだ。


「ひでぇ……」
 アズマはダイブルームのモニターを見ながら、あんぐりと口を開けた。
 モニターの中では、アズマの右膝から下を瓦礫の下に置き去りにし、ぐったりとしたアズマを必死に抱え上げるヤノの姿がある。アズマは義体率が高いため五体満足なら持ち上げることすらできないだろうが、左腕と足先のない状態ならヤノでも何とか背負うことができたようだ。
「なんて恐ろしーことしやがるんだ」
 アズマはダイブ装置に繋がれたヤノを見下ろしてぶるりと震えた。

 緊急時の精神的な耐性を観察するバーチャル訓練で、電通が使えない状況で仲間が怪我をして動けなくなった場合のシュミレーションをしているところだった。制限時間は30分。緊急時の状況判断能力を見るため、繋がった本人にはシュミレーションという自覚はなく、現実と同じ感覚で行動している。

 モニターの中で、ヤノがアズマを背負って瓦礫の陰を縫うようにして走り出したところで、素子が声をかけた。
「時間だ」
「了解」
 赤服が装置に手を伸ばしてシュミレーションを終了させた。

 ダイブルームの照明が明るくなると、息を吹き返したように、集まった9課の面々が思い思いの感想を述べ始めた。
「普段のあいつからは想像つかんな」
 感心したように言ったのはイシカワだ。
「義体に対する誤解があるようだなぁ、どうも」
と、皮肉な口調で言ったバトーは、
「そんなことないだろ。よくやったと思うぜ」
とトグサにたしなめられて肩をすくめた。
「しかし、あいつとツーマンセル組むのは考えもんだな」
 頭を撫でながらボーマが言えば、
「アズマ以外の奴でも同じことをしたと思うか?」
と、パズがニヤリと笑って言い、
「どういう意味だよ」
とそれにアズマが目を剥いて噛み付いた。
「まあ、この場合的確な判断だと思うが」
 サイトーがひいき目の感想を述べたところで、ヤノがむっくりと起き上がった。
「気分はどうだ」
 赤服が声をかけると、まだぼうっとしているヤノは、あいまいに頷いた。まだ目の焦点が合っていない。
「ヤノ」
 むっつりした表情のアズマが、装置に座ったままのヤノの顔を上から覗き込む。
「どういうことか、よく説明を……」
「アズマ」
 ひとこと言ってやろうと思っていたアズマは、ヤノの表情を見て、あとの言葉を飲み込んだ。
「よかった、無事換装できたんだな」
 こちらを見上げたヤノの両目が、みるみるうちに潤んでいく。
「……ヤノ?」
 ヤノにジャケットの裾を掴まれたアズマはどぎまぎする。
「ごめんな、いくらアズマでも辛かったよな、ごめんな」
 掴んだジャケットを引き寄せ、胸に額を押し付けて鼻声で言うヤノに、アズマはすっかり困惑して他の仲間を振り返った。
 全員から肩をすくめられ、アズマは仕方なく胸に顔を埋めているヤノの短い髪をさくさくと撫でて呟いた。

「……ほんと、シュミレーションで良かったぜ」

                                                  


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